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<title>地球に乾杯！ＮＧＯ　Blog</title>
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<description>国際開発ＮＧＯの実情、現状、課題をリレーコラムで伝える</description>
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<title>パイロット活動（位田和美）</title>
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<description>（前回のコラム「青少年センターにおける現行啓発活動調査」） 任期中の最後の1ヶ月...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;（前回のコラム「&lt;a href=&quot;http://e-ngo.cocolog-nifty.com/blog/2007/09/post_3b0f.html&quot;&gt;青少年センターにおける現行啓発活動調査&lt;/a&gt;」）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;任期中の最後の1ヶ月間、腰を据えて1箇所で活動できたことは、非常に実りの多いものであった。というのも、約１ヶ月間の調査中は、各青少年センターにつき3-4日間の日程で、スタッフとの成果分析（不賛成意見多数につき、折り合いに時間がかかる）、地域のキーパーソンへの聞き取り（まず日程調整が至難の業であり、現場へ行かないとアポは取れず、アポは取れても守られるとは限らない）、青少年へのインタビュー（学年末であったがためにアクセスが困難であり、さらに、本音を聞きだすのに時間がかかる）、啓発活動の見学、と盛りだくさんであった。そして、盛りだくさんであるがために、自らのエネルギーを使い切ったにも関わらず、一過性の活動に陥る可能性が否めなかった。実際、調査を終え、配属先である青年省へ中間報告をした際には、先方の賛辞とは裏腹に、人事問題や保健システム不備という根本問題を目にし、私には焦燥感、無力感だけが積もった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そんな精神状態で臨んだパイロット活動であったが、スタッフとの関係が深まるにつけ、さまざまな内外の課題を抱えつつも、自らの哲学をもってできることから地に足をつけて取り組んでいる、青少年センタースタッフの姿に感銘を受けた。例えば、青少年センターに検査技師を雇用するのが困難であるのならば、出張検査を実施し（日当を出すことができる）、何とかセンターと検査技師とのつながりを保ったり、パートナー援助機関からの資金配当が遅延しているのならば、保健センターが実施するルレ（コミュニティヘルスワーカー）の研修場所を提供することにより、効率よく保健センターやルレとの連携を保っていたり、ＩＴが苦手であれば、隣の青少年局でボランティアをしている人に頼んで手伝ってもらい、月間報告書の義務は（意外にも）きっちりと達成しようとしていたり、等々。これら最低限のセンターの機能を守る努力を見、質の改善は大きな課題ではあるが、なぜ目標に掲げている固定検査数が伸びないのか、ピュアエデュケーターやルレが思うように機能していないのか、を理解することはできた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そこで、実際の活動としては、フィージビリティに配慮し、①センター長が活かしきれていない人脈を駆使し、また、センターの最大の課題である広報活動を克服すべく、ロビー活動の強化、②ロビー活動をする上で補助となる、広報ツールの作成、③さらなるお金をかけなくても啓発活動ができるよう、ＩＥＣ技師の部屋に埋もれている「使える」啓発教材の整理・活用、④今までセンター長の感覚で実施してきた活動を客観視すべく、四半期毎の目標設定・掲示、の４つを活動として行った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;この１ヶ月間の活動の最大の成果は、上記①のロビー活動であろう。センター長は、一番はじめに訪れたロビー活動先である市役所にして、青少年センターがその存在以外に、機能や役割等まったく理解されていなかったことを初めて知ったのである（知名度が低いとの調査結果にも、最後まで反対していた）。これまで、何となく日々の付き合いから知られているだろうと踏んでいた青少年センターが知られていなかったという事実に対して、センター長はすぐさま認識を改め、その後、教育委員会、宗教指導者、州議会、軍医務局とロビー活動を重ねていくにつれて、説明型から提案型へ変わっていき、また、各機関が抱える課題をセンター長と共有してくれるようになり、センター長も地域問題のコーディネーターとしての役割をも認識するようになった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;結果として、宗教指導者からの提案により、「イスラムとリプロダクティブヘルス」と題したコンファレンス開催という運びとなった。（2007年10月7日現在、まだ開催はされていません）これは、特定地域での教育現場におけるリプロ教育反対という保守派への対応に困っていた教育委員会のニーズにも応えるテーマであり、また、今まで単独で活動してきた各機関にとっても、連携強化のチャンスである。当コンファレンスが開催されれば、より一層の相乗効果が期待でき、今回介入した青少年センターの活性化にもつながると踏んでいる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;こうして、前半こそ課題の多さ、重さに無力感を感じたものの、何とか改善の糸筋を見出すことができた。もちろん、これで課題がすべて解決した訳ではないし、スタッフの活動継続性はモニタリングしていかなければならない。けれど、今回垣間見させてもらった、現場の人々の背伸びしない、でも希望を失わず、細々と続けるという姿勢が、私自身を現場で働くよう惹きつける最も大きな要因であることを再認識した滞在であった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;以上&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;(&lt;a href=&quot;http://mywebpages.comcast.net/ngocolumn/inden.htm&quot;&gt;バックナンバー&lt;/a&gt;)&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>フィールド体験</dc:subject>

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<item rdf:about="http://e-ngo.cocolog-nifty.com/blog/2007/09/post_3b0f.html">
<title>青少年センターにおける現行啓発活動調査(位田和美)</title>
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<description>前回のコラム（2度目のセネガル) 前回紹介したHIVエイズ対策VCT(Volun...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;前回のコラム（&lt;a href=&quot;http://e-ngo.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/2_f638.html&quot;&gt;2度目のセネガル&lt;/a&gt;)&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;前回紹介したHIVエイズ対策VCT(Voluntary Counseling and Testing)統合サービスプロジェクトでは、全国13箇所ある青少年センター中、8箇所を選定し、支援を行っている。私の派遣は、3ヶ月間という短い期間であるため、同時に派遣された短期隊員と2人で手分けして現行啓発活動調査を実施することとなった。結果、私が担当したのは、セネガル東部2州にわたる計4箇所の青少年センターである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そもそも、青少年センターには、青年省が雇用するコーディネーター、IEC(Information, Education and Communication)技師、それから、某国際機関が雇用支援していたソーシャルアシスタントおよび検査技師が配置されているはずである。私の活動対象である啓発活動は、上記IEC技師を中心に、ピュアエデュケーター、地域啓発員(ルレ)によって実施されていることになっている。しかしながら、2007年1月から調査開始時の2007年6月にいたるまで、ほとんどの青少年センターでは某国際機関との雇用契約の切れたソーシャルアシスタントと検査技師が不在という状況であった。さらに、援助機関がプロジェクトのフェーズ終了に従って手を引いて行く中、開構以来外部依存の強かった青少年センターに資金源が少なくなった現在、青少年センターが報酬を渡して啓発活動を委託していたピュアエデュケーターやルレのセンター離れが強くなっている。このように、調査開始以前から、人材確保という青年省レベルでの組織上の問題に直面していた。しかしながら、現行活動調査自体は、手探りながらも大学院で勉強したフォーマティブリサーチ手法を適用し、各青少年センターにてSWOT分析、質的・量的調査を実施することができた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;上記4箇所の青少年センターを比較した結果、見えてきたのは、まず、当然のことながら、青少年センターとしての人材配置がきちんとされており、それぞれがそれぞれの職務を、プロフェッショナリズムを持って果たしているセンターほど、センターの知名度も高く、VCT受診数、カウンセリング受診数も多く、センターとして機能しているということであった。次に、地域のオピニオンリーダーや医療機関や教育機関等の主要機関との連携が強ければ強いほど、青少年センターの青少年の行動への影響も大きいことがわかった。さらに、啓発活動数や青少年センターの知名度とVCT受診数は必ずしも比例せず、やはり啓発活動の質とコミュニケーション手段の吟味が必須であることが再確認された。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;以上から、青少年のVCT受診を含む行動変容には、青少年個人レベルでの啓発、および青少年を取り巻くコミュニケーションを網羅したソーシャルネットワークからの啓発の強化、ならびにオピニオンリーダーをはじめ、地域社会の連帯意識としてのHIVエイズ対策が必要であると言えよう。そこで、青少年センター4箇所の現行啓発活動の各レベルに応じて活動強化のための提案をした。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;結果、後半1ヶ月間に介入すべく選定したのは、地域の青少年間での青少年センターの知名度が低く、IEC技師は配置されているけれども、事務所仕事をこなすだけで対外活動に消極的であり、ピュアエデュケーターやルレも機能しておらず、コーディネーターが地域の情報と人脈を豊富に有しているにも関わらず活用していない、つまり、地域のオピニオンリーダーとの連携が希薄な青少年センターである。次回コラムでは、啓発活動能力強化の準備としての青少年センターの広報活動、組織マネジメント強化を中心とした、1ヶ月間のパイロット活動について記したいと思う。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（&lt;a href=&quot;http://mywebpages.comcast.net/ngocolumn/inden.htm&quot;&gt;バックナンバー&lt;/a&gt;）&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>フィールド体験</dc:subject>

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<item rdf:about="http://e-ngo.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/2_f638.html">
<title>2度目のセネガル(位田和美)</title>
<link>http://e-ngo.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/2_f638.html</link>
<description>前回までのコラムでは、青年海外協力隊 村落開発普及員として2年2ヶ月間過ごしたセ...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;前回までのコラムでは、青年海外協力隊 村落開発普及員として2年2ヶ月間過ごしたセネガル村落部での活動について書かせていただいた。その後、1年間ワシントンDCの大学院でPublic Healthを勉強した後、2007年5月末に再びセネガルへ降り立った。今回は、3ヶ月間という短期間ではあるが、某援助機関がセネガル青年省および他援助機関と合同で実施している、HIVエイズ対策VCT(Voluntary Counseling and Testing)統合サービスプロジェクトが対象とする、青少年センターにおける啓発活動の強化という名目で派遣された。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;上記プロジェクトは、15歳から24歳までの青少年をターゲットと設定し、危険な性行動を取りがちであると言われる青少年におけるVCTサービス受診数を上げ、HIVの低感染率を維持することを目的としている(1)。 本プロジェクトが始まる2005年２月以前には、某国際機関が青少年センターにおけるリプロダクティブヘルスに関するカウンセリングサービス実施支援をしており、本プロジェクトは既存のカウンセリングサービスにVCTという新サービスを統合し、より包括的に青少年の健康を維持向上しようとしている。また、本プロジェクトの醍醐味は、通常VCTというと医療機関で実施し、対象層を動員するのに対し、対象村である青少年の集まる青少年センターにVCTサービスを設置しているところにある(2)。 これにより、性感染症や婚前妊娠というセンシティブな問題を抱え、医療機関で人目につくことを恐れる青少年や、医療機関に支払うお金がない青少年、また、健康であるがためにわざわざ医療機関へ行く必要はないが、感染予防が必要な青少年をカバーすることができている。実際、2007年1月時点で、全国104箇所あるVCTセンター中、上記プロジェクトが対象としている青少年センター8箇所のみで18%のVCT実施という成果を挙げている。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;今回のコラムでは、次回以降2度に分けて、①前半２ヶ月間の青少年センターにおける現行啓発活動の調査結果、②後半1ヶ月間の選定した青少年センターでの啓発活動強化パイロット活動について記したい。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;-----------------------&lt;br /&gt;
(1)セネガルにおける一般人口のHIV感染率は、サブサハラアフリカ諸国でも低く、0.7%である。ちなみに、一般人口のHIV感染率が1%を超えると、「流行期」に入り、全国に蔓延しやすいと言われている。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;(2)青少年センターの有するVCTサービスには、青少年センターでVCTを行う固定検査と、学校へ居住地まで赴く出張検査の2種類がある。&lt;/p&gt;</content:encoded>


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<item rdf:about="http://e-ngo.cocolog-nifty.com/blog/2007/03/post_b037.html">
<title>五嶋節さんの講演を聞いて－子育てから学び、考える－(杉原ひろみ)</title>
<link>http://e-ngo.cocolog-nifty.com/blog/2007/03/post_b037.html</link>
<description>２００７年２月１５日、寒さが厳しいワシントンＤＣにて、五嶋節さんの講演会が開催さ...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;２００７年２月１５日、寒さが厳しいワシントンＤＣにて、五嶋節さんの講演会が開催された。五嶋節さんと言えば、ニューヨークに暮らし、五嶋みどりと五嶋龍のふたりの子供たちを世界的に有名なバイオリニストに育て上げた母である。その彼女が、二人の子育てを通して学んできたこと、体験してきたことを話してくださったのだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;私には３歳の一人娘がいるが、子供にバイオリンの英才教育をさせようと思って、そのノウハウを聴きに行ったわけではない。むしろ、同じアメリカ東海岸の地で、マイノリティの日本人として、どうやって子育てをしてきたか、また、二人の子供がアメリカの教育を受けてきたにも関わらず、正しく美しい正しい日本語を話すのを知り、どうやって子供にそのような日本語を教えたのか、そうしたことに興味があったのだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;実際の五嶋節さんは、自分の意見を忌憚なく言う、ごく普通の関西のおばちゃんという印象で、親しみを感じた。でも、普通の母親と何かが決定的に違う。それは、一つに、自分で自分の人生を開拓する力強さ、二つに、信念を貫き通していること、三つに体験に裏打ちされた自信、四つに子供たちの勉強に関し、音楽を中心に据えながら、歴史や文化、物理などの別の分野にも広がりを持たせ、音楽との関連づけを誘導できるだけのバイタリティと探究心。その四つに尽きると思った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;自分で自分の人生を開拓する力強さについては、私自身、結婚、出産、子育てを通じて、女性こそ、そうしたたくましさが必要だと痛切に感じている。学生時代、そして組織で働いている時は、進むべき道というものが存在した。しかし、女性の場合、結婚、出産、子育てなどを経るにしたがい、そのような定まった道が存在しなくなる。そんな中でどうやって自身の人生を切り開いていくか。これは同時に、いかに信念を貫き通していくかにもつながる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;五嶋節さんは、子供ととことん向き合い、愛情を惜しみなく注ぎ、自分の持つエネルギーを無限に投下し続けても、失敗の繰り返しなのだと言う。彼女は子育てに全力投球をし、そればかりでなく、自分の信じる道をひたすら突き進んでニューヨークに渡り、信念を貫いて子供を二人とも世界的なバイオリニストに育て上げるという実績を作った。それが大きな自信となり、現在の節さんがいるのだろう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;子供たちをバイオリニストに育て上げるだけでなく、自ら考えるという「本当の」勉強をしっかりやらせていたことにも驚いた。「なぜだろう？」「どうしたらそうなるのだろう？」といった素朴な疑問と好奇心を出発点に、物事の本質を追求し、音楽の世界から歴史や文化、物理、心理など別の世界に広がりと奥行きを持たせる教育は、子供に愛情を注ぎ込むだけではできない。親も子供以上に勉強したに違いない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;では、五嶋節さんの話を聞いて、この私はこれからどうしたらいいのか？帰り道、前々日に降った雪が歩道のあちこちに残り、危うく滑りそうになりながら、うなってしまった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;一に、子育てを通じて、親である私がもっと楽しみながら学んでもいいのではないか。娘がアメリカの幼稚園で読んでもらう絵本や、楽しそうな行事一つを取ってみても、そこにはアメリカのみならず、世界の文化や歴史、政治が凝縮されている。そこをもう少し深く掘り下げ、自分自身の見聞を深めるのも楽しい。そして、娘がもう少し大きくなったら、私なりの解釈を、わかりやすい言葉で説明できるようにしたい。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;二に、自分が世界を旅し、イギリスで勉強し、アフリカで仕事をしていた時、学んだことや強烈に感じたこと、そして現在の研究生活の中での学びを、ある意味で普遍化し、子育てに還元していってはどうか。子育ては日々の地味な仕事であり、それを自分の仕事や研究とどう絡めていくか。ワシントンＤＣでは圧倒的なマイノリティである日本人として娘が育つ中で、私がこれまでしてきた仕事や研究を応用させる時がすぐそこに来ているような気がする。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そして三に、逆に子育てから国際協力分野に、何らかの形で再び還元できる方法を考えてはどうか。五嶋節さんが「音楽道場」というＮＰＯを日本で立ち上げたように、私には私なりの方法で、時期を見てフィードバックできないものか。再びアフリカのフィールドに出向いて働くということは、たしかに刺激的だが、だからと言って今、子育てを疎かにしてまでしたいとは思わない。もっと自分の足元に、自分が輝けるものがあるのではないだろうか。それが何なのか、少しずつ考えていきたい。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;とまあ、頭で考えてまとめてみたものの、日々の子育ては体力勝負なのである。マイナス１０度近い寒さの中でも外で雪遊びをしたいと、玄関のドアをこじ開けようとする娘を見て思った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（&lt;a href=&quot;http://mywebpages.comcast.net/ngocolumn/sugihara.htm&quot;&gt;バックナンバー&lt;/a&gt;）&lt;/p&gt;</content:encoded>



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<item rdf:about="http://e-ngo.cocolog-nifty.com/blog/2006/11/post_60de.html">
<title>開発援助の側面から見た人道援助(杉原ひろみ)</title>
<link>http://e-ngo.cocolog-nifty.com/blog/2006/11/post_60de.html</link>
<description>前回の関連コラム「米国ＮＧＯが実施した米朝二国間の人道援助」 そもそも「人道援助...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;前回の関連コラム「&lt;a href=&quot;http://e-ngo.cocolog-nifty.com/blog/2006/05/post_ea8a.html&quot;&gt;米国ＮＧＯが実施した米朝二国間の人道援助&lt;/a&gt;」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そもそも「人道援助」と「開発援助」は何がどう違うのか。英国の大学院で開発学を学び、開発援助の側面から実務や研究に就いてきた私には、実は「人道援助」には馴染みが薄かった。それゆえ、米国政府の対北朝鮮援助を研究するようになって初めて、「人道援助」とは何かを考えるようになったと言っても過言ではない。私の知る人道援助研究は、難民や人権問題を扱う国際政治・国際法の研究者や、緊急援助活動を行う実務家が研究論文を発表するケースが多い。そして事例研究として、スーダン、ソマリア、エリトリア、リベリア、コソボ、アフガニスタン、カンボジアなどが取り上げられている。人道援助研究では、これまで開発援助関連の英語文献しか読んで来なかった私にとって、知らない言い回しや専門用語が多く、論文を読むことはかなり苦痛だった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;他方、日本国内で「平和構築」という言葉をよく耳にするようになった。米国の対北朝鮮人道支援について研究にするようになって以来、ずっと平和構築と北朝鮮で何か接点はないのだろうかと考えてきた。「地球に乾杯！ＮＧＯ」の2006年２月６日付コラムの&lt;a href=&quot;http://e-ngo.cocolog-nifty.com/blog/2006/02/post_a349.html&quot;&gt;「北朝鮮の人道・開発援助の特異性（２）」&lt;/a&gt;で述べたように、北朝鮮の特異性として、これまでの他国の援助と比較して、緊急援助、食糧支援で問題となった事柄が一度に、しかも極端な形で現れている。そして、対北朝鮮援助は国際政治の重要問題と理解されている半面、国際政治で主流の「安全保障化のパラダイム（Securitization Paradigm）」では北朝鮮の人道政策分析ができない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;北朝鮮では1995年に起きた水害のため、西側諸国を中心に「緊急救援活動」が行われていたが、自然災害がなくなっても慢性的な食糧や医薬品等の不足が続いたため、一部の対北朝鮮支援は緊急援助から開発援助へシフトしていった。そうした中、現場で支援を行う関係者は、人道か開発かといったジレンマに悩まされるようになった経緯がある。北朝鮮のような「脆弱国家」に対する緊急援助から持続的開発への援助に移行を考えるヒントが「平和構築」の一連の議論に隠されていないかと考えたのである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;私は、国レベルで考える安全保障などマクロな国際政治分野からだけでは片付けられない国内・地域固有の問題が多く、そこを紐解き、解決していかないかぎり、「複雑な政治的危機」（Complex Political Emergencies）は解決できないのではないかと考える。そうした考え方は、開発、中でも農村開発の基本であり、それを応用した援助手法が主流になってきている。しかし、国際政治や国際法研究をざっと読み解くと、そうした視点から書かれたものが皆無と言ってもいい。そんなとき、開発援助の視点から研究をしているデイビッド・ヒューム（David Hulme）らが書いた論文が目に留まったのである。彼らは紛争解決・平和構築研究と開発政策研究の両者の分野を見事に橋渡ししていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;デイビッド・ヒュームは、1990年代初頭にマイケル・エドワーズ等と「政府とＮＧＯの関係」について研究していた英国マンチェスター大学教授である。その後、１９９７年から２年間、英国リサーチ・研修ＮＧＯ「ＩＮＴＲＡＣ」のジョナサン・グッドハンド（Jonathan Goodhand）等と、ＤＦＩＤ（英国国際開発省）などの予算で、平和構築と、そこでのＮＧＯの役割について研究し、ワーキングペーパーを１２本、ＤＦＩＤ向けに執筆している。また、一部が論文としてThird World Quarterly（1999年２月号）という開発分野で有名な学術誌に特集で掲載された。それ以降、開発分野において「複雑な政治的危機」（Complex Political Emergencies）という用語とその概念が定着したと言える。同時期に、デンマーク国際学研究所(CDR)において、ジョアキム･グンデル(Joakim Gundel)が文献調査を実施し、ワーキングペーパーにおいて人道援助の潮流を詳しく書いている。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ＤＦＩＤへ提出されたワーキングペーパーを読むと、ヒュームとグッドハンドは「紛争の原因分析をする際、国際・国レベルの分析ではなく、コミュニティ・レベルの分析を試みる。その理由として、紛争は各々、異なる力関係、構造、アクター、信仰、不平不満などを背景にしている。そして、喜怒哀楽などの感情や、知性・理性など、コミュニティが持つ心が紛争と密接に結びついている。」としている。私はその考えに共感し、私の米国の対北朝鮮人道援助研究の基本姿勢がようやく見つかったような気になった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;参考文献：&lt;br /&gt;
●Goodhand, J. and Hulme, D. (1997) ‘NGOs and Peace Building in Complex Political Emergencies: an Introduction’, Peace Building and Complex Political Emergencies Working Papers No1, IDPM, University of Manchester.&lt;br /&gt;
●Hulme, D. and Goodhand, J. (2000) ‘NGOs and Peace Building in Complex Political Emergencies: Final Report to the Department for International Development’, Peace Building and Complex Political Emergencies Working Papers No12, IDPM, University of Manchester. &lt;br /&gt;
●Goodhand, J. and Hulme, D. (1999) ‘From Wars to Complex Political Emergencies: Understanding Conflict and Peace Building in the New World Disorder”, Third World Quarterly Vol20, No1, pp13-26.&lt;br /&gt;
●Gundel, J. (1999) ‘Humanitarian Assistance: Breaking the Waves of Complex Political Emergencies – A Literature Survey’, CDR Working Paper, Centre for Development Research.&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://mywebpages.comcast.net/ngocolumn/sugihara.htm&quot;&gt;バックナンバー&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>北朝鮮</dc:subject>
<dc:subject>農村開発プロジェクト</dc:subject>

<dc:creator>e_ngo</dc:creator>
<dc:date>2006-11-27T02:19:00-05:00</dc:date>
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