2015年10月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

最近のトラックバック

無料ブログはココログ

« コーディネーターの役割 (岩岡 いづみ) | トップページ | Seeing is Believing(1)―南アフリカ留学のきっかけ (工藤 真友美) »

2004年3月 8日 (月)

ドナーの事情と農村開発プロジェクト支援 (杉原 ひろみ)

(前回のコラム「米国のチャリティ事情から何が学べるか?(3)-米国ユナイテッド・ウェイのスキャンダルから考える-」)
 1月19日、および3月1日付けコラムで、岩岡いづみさんがジンバブエの農村で教育開発プロジェクトを手がけた時の模様を振り返っている。私は当時、ジンバブエ大使館専門調査員の仕事の中で、NGOや現地コミュニティが実施機関となって行う農村開発プロジェクト(草の根無償資金協力)の発掘・支援業務が一番難しいと感じていた。そんな時、岩岡さんと出会った。あれから4年。現在、私はワシントンDCに暮らしている。ここは世界銀行、国際通貨基金、米国開発援助庁(USAID)本部があり、開発援助政策・戦略が決定されている。また、多くのアメリカ開発NGOも本部を置いている。フィールドにいる時にはわからなかった本部の論理や他の国際機関・NGOの内部事情を知り、月日が流れて初めて、当時の仕事について距離を置いて考えられるようになった。改めてなぜ草の根無償プロジェクトの発掘・支援が難しかったのか考えてみる。

●政府開発援助(ODA)が抱えるジレンマ
 日本に限ったことではないが、一般に日本のODAの場合、(1)単年度予算で、計上された予算を消化しなければ次年度予算が削減される、(2)プロジェクトの予算規模が大きいほど歓迎される傾向にある、そして(3)プロジェクトの予算規模の大小に関係なく、かかる事務作業量が同じである、という論理が働く。

 その結果、(1)の場合、予算執行の舵取りが難しい。日本の予算は4月に始まり、翌年3月に終わる。NGOやコミュニティが行うプロジェクトでも規模が大きい場合、DFIDやUSAID、国際NGOなど他のドナーとの協調が必要である。しかし、日本のODAの予算サイクルが彼らと合致しないため、その調整が難しかった。また、援助の受け手もそうしたドナー側の事情をなかなか理解しないものである。さらに、農村開発プロジェクトの進行は、乾季か雨季かといった気候の問題や、当地の政治・経済・社会状況に大きく左右されるが、それを外務省の予算サイクルと調整するのが難しかった。

 (2)の場合、一般無償資金協力の予算規模が億円単位なのに対し、草の根無償資金協力は百万円単位である。「決められた予算をきっちり消化する」ことで評価される役所の感覚からすれば、草の根無償業務に多くの時間と労力を投下することに対する理解が、大使館内でなかなか得られなかった。

 (3)は、純粋に開発協力のあるべき姿を追求すれば、ドナーはプロジェクト実施に必要な予算を必要なだけ支援するのが妥当なのかもしれない。それがたとえ1万円だろうが、1,000万円だろうが。しかし、1万円のプロジェクト支援の場合であっても、予算執行にかかるペーパーワークその他が1,000万円のプロジェクトの1000分の1で済むわけではない。また、年度末で予算が余っていれば、少しでも多くのお金を農村に還元したいという気持ちから、援助の受け手にプロジェクト予算規模の拡大や縮小を提案するのもやむを得ないと思うのはドナー側のエゴだろうか。

●草の根無償資金協力の特殊性
 外務省が行う他の資金協力は、本省が主導権および決定権を持っているのに対し、草の根無償は多くの場合、現地の日本大使館の裁量でプロジェクト支援が実施できるため、極めて柔軟性のあるスキームだった。しかし、当時、大使館内の会計項目に草の根無償のためだけの案件審査・モニタリング予算はなく、他の業務予算との調整が必要であった。草の根無償の場合、外務本省との契約で働く私のような専門調査員や、他省庁からの出向者が担当することが多いため、大使館全体としての業務の優先度が必ずしも高いとは言えず、また、予算調整・確保が難しかった。

 第二の特殊性として、一般無償が中央政府を相手にするのに対して、草の根無償は、地方政府やNGOや現地コミュニティなどを相手に資金協力を行うため、現地の状況やプロジェクトに関わる全てのアクターの動きに精通していなければプロジェクト失敗のリスクが極めて高くなる。そのため失敗を避けるためには十分な審査・モニタリングが必要だった。しかし、外務本省と大使館の構造や力関係、「農村開発」としての草の根無償、の双方を理解できる調整員がいなかったため、そうした特殊性について理解してもらうのに莫大なエネルギーを要し、草の根無償で農村開発インパクトを得るための仕事に時間とエネルギーを十分に割けなかった。

●ドナーとNGOとの関係
 私は、NGOやコミュニティ代表に対し、プロジェクト実施の仲介者やファシリテーターとなって、全てのアクターの調整役を担い、かつ予算管理責任を負う自覚と責任、そして最後までプロジェクトをやり遂げる実行力を期待していた。草の根無償で資金協力をする際の審査項目として、こうした役割を担えるか否かが、時としてプロジェクト・プロポーザルの内容そのものより重要であった。しかし、ジンバブエでは私が期待するような働きをしてくれる仲介者・ファシリテーターに出会うことは稀であった。

 また、現場ではさまざまな予期しないアクターの利害関係が複雑に入り乱れ、草の根無償によるプロジェクト支援に向けて話し合う相手と、紙面(プロジェクト・プロポーザル)上の組織・責任者、そして実際とが異なることが往々にしてあり、通信や道路インフラがよくないジンバブエで、プロジェクト毎にアクターの数や力関係を把握するのは大変な仕事であった。
バックナンバー
参考文献
●杉原ひろみ「草の根無償資金協力におけるパートナーシップ-ジンバブエを事例に-」『国際開発研究』第10巻第2号(2001年)

« コーディネーターの役割 (岩岡 いづみ) | トップページ | Seeing is Believing(1)―南アフリカ留学のきっかけ (工藤 真友美) »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/22191/62463876

この記事へのトラックバック一覧です: ドナーの事情と農村開発プロジェクト支援 (杉原 ひろみ):

« コーディネーターの役割 (岩岡 いづみ) | トップページ | Seeing is Believing(1)―南アフリカ留学のきっかけ (工藤 真友美) »