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2004年4月 4日 (日)

コミュニティと住民参加 -プロジェクト実施にあたって再考してみると(1)-(上岡 直子)

(前回のコラム「グァテマラの先住民が開発したコンピューター教材」)
 コミュニティを開発の主要対象にし、プロジェクト活動に住民参加を推進すること…これは、NGOが長年手がけてきたことであり、近年は政府や国際開発機関もその重要性を認識し、NGOや地方政府と連携して、この開発形態を推し進めようとしている。しかし、実際に自分がプロジェクトを、コミュニティ対象・住民主導を看板に掲げながら実施してみると、これで果たしてコミュニティや住民主体の開発と言い切っていいものか、疑問が湧いてくる場合が少なくない。最近、グァテマラのプロジェクトに関して、この点をまた新たに考えさせられた。

 私がWorld Learningで担当しているグァテマラ二言語教育プロジェクトは、グァテマラの中でも先住民の人口の割合が高い、キチェ県の数百のコミュニティを対象にしており、住民参加をプロジェクトの基調のひとつにおいている。というのは、先住民の母語であるマヤ語や、第二言語としてのスペイン語の教授方法を、教員養成を通じて強化し、二言語による教材を開発して学校に配布しても、生徒の父母が子供の教育に無関心だったり、子供を学校に送らなければ、学校教育向上にも限界があると判断するからである。それに、同プロジェクトに関しては、プロジェクト効果を挙げるに当たり、父母に教育の重要さ認識し子供の教育を支援してもらうことが大切であるほかに、二言語教育に関する正しい理解を深めてもらうことも、重要な点である。というのは、五年前のプロジェクト開始時に行った対象コミュニティの父兄からの聞き取り調査においては、一般的に先住民の父母達は、自分の師弟が自分達自身の言語を習得することに関心がなかったり、反対であった。というのは、父母の多くが、自分達の言語に劣等意識があったり無用だと見なしていた。将来子供たちが良い経済的機会を追求るにあたっては、スペイン語を習得することが一義的であり、もし二言語教育であったら、スペイン語と平行し、マヤの言語の代わりに英語を教えて欲しいという意見が、多数だったのである。しかしキチェ県を含むグァテマラ農村部においては、先住民の子供たちは、小学校の授業が、自分達の母語であるマヤ語でなくスペイン語で教授されているために、授業内容が理解できず、しまいにドロップアウトしていくのが一般的な現状である。

 そこでまず同プロジェクトは、既存の父母会を通じて、教育の重要さや二言語教育の理解を深める目的で対話を図った。マヤ語とスペイン語における二言語教育が、子供たちの学習効果を上げるのにいかに必須であり、それにより退学率も減る可能性があること。また、子供達の母語であるマヤを最初きちんと習得することが、第二言語のスペイン語の習得にも役立つこと、などに関する会話が、父母会のメンバーたちと定期的に交わされた。その結果もあり、プロジェクトが対象としているコミュニティにおいては、父母会が二言語教育を支援し、マヤの言語が話せる教師を学校にあてがってくれるよう県の教育局にかけあったりするまでになった。私が昨年の十月に対象学校の幾つかを訪れた時も、プロジェクトが父母会の要請を受けて、学校の教科内容に関する父母会の希望をまとめ、教師と討議するプロセスを手伝っていたところであった。子供たちにまず教えて欲しい教科内容として真っ先に父母会のメンバーがあげたことがらも、マヤ語の基礎能力やマヤの生活習慣・文化・伝統だった。五年前には考えられなかったことである。

 しかし、去年の暮れに実施した評価調査において、プロジェクトの対象学校において、就学率や学校終了率の向上や、ドロップアウト率の低下が、特に見られないという結果が出てしまった。これは、二言語教育が教育の効率性を上げるという推定を押し出して実施していたプロジェクト関係者には、ショッキングな結果であった。もちろん、プロジェクトの達成度をこのような数量的な指標で判断するのは、あまり意味がないことかもしれない。また、これらの指標は、外的な様々な要因(例えばコミュニティの社会・経済状況の変動など)に大きく左右されるため、プロジェクトの介入だけの問題ではない。実際にプロジェクトは、定性分析を含めた様々な指標を定めて、プロジェクト効果をモニターしでいる。

 しかし、ここで思い出されたのが、私が最近読んだ、London School of Economicsの博士課程の学生、Jo de BerryによるNGOのコミュニティ・ベースの活動にかかるペーバーである。彼女曰く、”the concept of community as used in NGO policy is weakened by the assumption that community inspired action will be beneficial to all.”(Exploring the concept of community: implications for NGO management, Jo de Berry, CVO International Working Paper Number 8, 1999. Center for Civil Society, London School of Economics).

 そこで、次回の私のコラムでは、Jo de Berryのペーパーを基に、グァテマラの二言語プジェクトが、既存の父母会を通じて行ってきた住民参加活動と、そのコミュニティ全体にかかる影響を、多少掘り下げてみたいと思う。
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コメント

初めまして。木村直子と申します。初めて投稿させていただきます。現在Institute of Education, University of LondonにてMA in Education, Gender and International Development に所属しております。ラテンに興味があるため、これまで上岡さんの書かれた文献などはよく拝読しておりました。そんな折、先日4月25日(日)にDC開発フォーラムin Londonにて在バングラデシュ大使館の紀谷様がこのページをご紹介くださり、早速投稿させていただいてる次第です。

グアテマラでの二言語教育プログラムのコラムを拝読いたしました。すばらしいプログラムだと思います。私も先タームのペーパーでペルーのアマゾン地域におけるIntercultural Bilingual Educationを取り上げましたので、非常に興味深いトピックです。グアテマラでの二言語プログラムの進行と発展、教員、地域住民や政府がプログラムに関わっていった過程などがたいへん具体的で開発の実務経験に乏しい私にもわかりやすく勉強になりました。原住民の方がコンピュータプログラムはすばらしいですね。賞を獲得されるべき取り組みだと思います。

しかし、文献を読む限り、ペルーでは多くの教員が販売員やバス・タクシーの運転手など副業をもっていることが多く、そこまでの活動にあてがえる時間を持つ教員が少ないのではないかと思います。さらに、ペルーの場合、他のラテン諸国に比べ、どちらかというと先住民たちはマジョリティーに迎合しようとする意識が強い傾向にあるとする文献もありました。また、地元のNGOも活発に活動を展開しているようですが、他の新興国、途上国の多くのNGO同様、そのスケールアップが課題であるようです。政府もNGOのスケールアップは意識しているものの、どこまでの理解と協力があるのか、その情報獲得に少々難儀しているところです。

今後も継続してアクセスし、勉強させていただきたく思います。もちろん、できる範囲で私の方からも何かを発信できるよう、研鑚をつんでまいります。よろしくお願いします。

紀谷様

ご無沙汰しております。でも、紀谷さんのDC開発Forumへの投稿は、その都度拝読させて頂いているので、私にとっては、お久しぶりの気がしないです。現場にたって見た上でのご感想、いつも関心を持って、読んでいます。

このたびは、私のコラムに関して反応をありがとうございました。紀谷さんのご察知のとおり、ガテマラのプロジェクトは、先住民が自分達の願いを込めて活動を進めている貴重なケースと、自負しています。しかし、政府の方針や事業へプロジェクトの経験やノウハウを反映させていくこととなると、プロジェクトの重要な要素として初期段階からそれを図っていたものの、これがプロジェクト中、一番困難な事柄と言って過言ではないと思います。

これは、いずれの途上国もみられる様に、政府の財源不足、行政官の能力ややる気不足、行政の非効率と非柔軟性など、様々な要因があります。また先住民を対象にする二言語教育であることから、特にメインストリームの行政官(一般に非先住民)の理解を得にくい、ということにも起因しています。

しかし、困難の中にも、政府部門に結びつけようとする努力の甲斐があって、スケールアップができた点が、いくつかありました。でもそれを述べる前に、どの様にプロジェクトの影響を政府部門に及ぼす様活動を行ってきたか、下記に簡単に述べてみたいと思います。

まず、ローカルレベル(実施地域の県レベル)では、県の教育省とプロジェクト開始時に交渉し活動への理解と協力をとりつけました。その結果、県下の教員十数名を、プロジェクト期間中出向させてもらうことができました(給料は県払いのままで)。これらの教員は、プロジェクトのField Agentとして訓練を受けた後、プロジェクトの職員とともに、対象地区の学校を定期的に訪れ、二言語教育にかかる教員訓練を受けた教員へのフォローアップ、技術支援、また住民参加を図るべく、父母会の強化等にあたっています。また同時に、教育行政官を、あらゆるプロジェクト活動に、できる限り取り入れることをしました。教員養成、教材開発、住民参加のための集会は、可能な限り、教育行政官とともに実施しています。また、昨年よりSustainable Strategyとして、特にこれらの行政官向けに、二言語教育にかかるTraining of Trainersを実施し、教員や住民向けに、二言語教授法、マヤや地域の伝統文化にかかる教科開発、住民の教育参加を図る方法等を伝授してきました。

これは、プロジェクト終了後、県の行政官と、出向を終え後教師に戻るField Agentたちが、引き続き教員訓練や学校・住民支援を行うための画策です。これ自体が効を発するかは、プロジェクトが終わってからでないとわかりません。しかし、県の行政官や教員をプロジェクトに取り込んだことにより、実際の現場にいる人材が、その効用を間のあたりにして二言語教育への理解を深めたことは、プロジェクトのスケールアップの面でも、重要な要素だったと思います。というのは、これらの人々が、プロジェクトの経験や方法を政府に伝える際の、Facilitatorや証言者の役目を効果的に果たしたからです。その結果、教育省が、私達のガテマラの教員訓練プログラムを基に、二言語教師養成事業の計画をたてました。また、プロジェクトが開発したローカル・カリキュラム(県で使われているマヤ語である、キチェとイシル語圏別に用意したもの)を、地方分権化にあたって、県の教育省が参考にしたりもしました。

それと同時に、プロジェクトは、中央政府にも直接働きかけ、ミーティングや会議やセミナーを通し、二言語教育の方針や事業にかかるAdvocacyを、積極的に行っています。地方と中央レベル両方で政府にアプローチしないと、限られたスケールアップになってしまうし、地方も多くの面で、中央の監督下にあるので、地方政府を動かすのが困難なことがままあるからです。

いずれにしても、政府へのスケールアップに関するイシューは、私も非常にチャレンジの多いと認識せざるを得ないことです。今度折をみて、コラムも書けたら良いですが。また、紀谷さんからも、インプットいただけたら、幸いです。

とりあえず、お返事まで。

上岡さん、ご無沙汰しております。杉原さん、いよいよblog登場ですね。これはすごい!!!
アワード獲得おめでとうございます。大変丁寧なプロジェクトの運営で、当地の現場から見ていてもきめ細かさが光ります。ただし、このようなNGOの思い入れとノウハウを、政府部門にどのように結び付けられる(流し込める)のか、もし知見がありましたらお教えください。当地バングラデシュも、良いNGOはそこここにいるのですが、スケールアップが大きな課題で、やはり政府の理解と能力向上がなければ解決への道のりは遠い状況です。

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