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2004年8月29日 (日)

パートナーシップは誰のためか(下澤嶽)

 連携する組織との関係を表わす言葉に「パートナーシップ」がある。仕事をする仲間と対等で平等な関係を築くことを多くの場合は意味する。国際協力の世界では、現地プロジェクトだけでなく、実施団体の運営能力強化も支援する意味合いを持つこともある。

 日本の行政が「市民グループとのパートナーシップでNPOセンターを実現する」とかもそうだし、外務省の広報資料にはNGOとの「パートナーシップ」があふれている。JICAが1999年に開始したNGOとの連携事業名は「開発パートナー事業」だった。そこには信頼に基づいて対等に働きあえる仲間という意味が込められているようだ。また北のNGOが南のNGOと仕事を組む場合も、よくこの言葉を使うようになった。しかし、南のNGOたちの北のドナーへの不満は減ってはいない。依然として北のNGOの多くが「ドレンディな開発アジェンダへの関与」を続けながら、「プロジェクトのフェイズアウト」を気にしていることに変わりはない。

 推測だが、パートナーシップという言葉はどうもお金を出す「強い立場」にいる方が盛んに使う傾向がある。お金を出す側ということは、お金を出して仕事をさせる側の方のことである。強い立場からの不必要な関与を戒めるということなのかもしれないが、パートナーシップの基準を明確にしたものは当然ないし、実施段階で発生する様々な決断や摩擦、軋轢の際に、どう対等に対処するか明記されたルールやマニュアルは少ない、というかあまり聞かない。

 3年ほど前のNGO・JICA定期協議会で、協議会が互いの「パートナーシップ」の関係に基づいて進められるという基本原則を文章にして残そうという議論があった。これは2,3年後ごとにNGO・JICA定期協議会のJICA側担当者が変わるため、その度にNGO対する理解や会議のあり方が微妙に変わるため、基本的なNGO・JICA定期協議会の意味やそこにおける双方の対等性を明記したいというNGO側からの要請だった。つまりNGO・JACA定期協議会におけるパートナーシップのより具体的なマニュアルをつくろうというわけだ。当然JICA側は文章化についてはかなりの難色を示し、実現はできなかった。もし文章化したならばJICA内部で内容の承認をめぐって大変な騒ぎになっただろう。

 多くの場で使われている「パートナーシップ」はその場を取り繕うため「対等さ」をかもし出す以外の意味はなく、そこにはお金を出す側の論理と、受ける側の都合が存在することを忘れてはいけない。そしてお金が出す側の方は基本的にその関係を管理できるパイプをたくさん持っており、強い立場であることは明白な事実だ。

 何もかも対等でなければ連携は意味がないとは思わないが、すっかり「対等」な気分にNGOもなっているとしたら大間違いだと言いたい。また北のNGOはそういった関係を南のNGOとの間でも持っていることになる。そこに「パートナーシップ」言葉をキイワードとして使っているとしたら、それがあなたの団体にとってどういう意味なのか、具体的なマニュアルづくりをまずやってみよう。

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コメント

粒良さん、投稿ありがとうございます。
UNDPと日本政府の関係を例に、おもしろい指摘をありがとうございます。「戦略的」とは別の言い方をすれば、「達成目標を一緒にする」という意味でも考えれると思います。パートナーシップはもともと、双方にない資源や能力を相互依存の形で利用し、共通の目的を達成することです。ですから、双方に対等な権利が生まれるように思えるのだと思います。しかし、プロジェクトの場合は、資金が活動のエネルギー源になります。つまりプロジェクトというのは、情報、技能だけでは動かしえず、資金がやはり中心的な役割を果たすと思います。それゆえ、資金に関する資源に力をもつものは、プロジェクトの関係において大きな力を潜在的に持っているのだと思います。もちろん最初から管理してやろうと思っていないのですが、資金を出してくれた人々に説明する責任を負っていますので、それにそった報告、情報を求めるプロセスで、歪みや課題が徐々に出てくるのではないかと思います。ただ、こういった力の関係は、片方のパートナーシップがたくさん得られる場合に発生しやすいと思います。その点、UNDPは日本の資金を得るために他の競争相手が少ないといえます。そういった意味で、それほど力関係は感じないといわれるのかなぁと思いました。

下澤様、はじめまして。UNDPの粒良(つぶら)と申します。以前、地球に乾杯!NGOにコラムを掲載させて頂いておりました。しばらくぶりにゆっくりとコラムを読み、下澤さんのパートナーシップに関するコラムに特に興味を持ちました。私は現在、UNDPの資金・戦略的パートナーシップ局(Bureau for Resources and Strategic Partnership)で、日本に関する仕事に携わっております。NGOのコンテクストとはだいぶ異なると思いますが、ご参考までに、UNDPと日本のパートナーシップについて少しご紹介させていただきたいと思います。

UNDPと日本政府のパートナーシップは、「対等・平等」であるという側面もありますが、それ以上に、私の部署の名前にも含まれるように、「戦略的」なパートナーシップという意味合いが重要であるように感じます。日本はドナーとして、UNDPは日本から拠出金を受ける国連機関として、異なる戦略・目的がある中で、お互いにとってプラスとなるよう協力していきましょうというwin-winの関係です。協力というのは具体的には、日本政府がUNDPに拠出金を出すことですが、日本政府が特に優位であるということではありません。国連を通じた途上国支援は、日本の開発援助政策や外交政策を強化しますし、UNDPもそのことをよく知っています。そういったことから、両者の関係は、「戦略的パートナー」という言葉がしっくり来る関係だと思います。お互いの目的や政策の理解に努め、相手にとってメリットとなることを支持し、受け入れることができ、その結果として、対等に近い関係が成り立っていると言えます。

下澤さんが、北のNGOと南のNGOの間のパートナーシップについて書かれていましたように、北のNGOが南のNGOとの関係について、一方的に「パートナーシップ」という言葉を使って、現実をカモフラージュしてしまう場合もあるのかもしれません。途上国のNGOは、「北のNGOの言う「パートナーシップ」という関係から、お金を得る以外に、自分たちにとってどのような効果があるか、どのように賢く活用できるか」を考えて、戦略的に協調していけるようになればよいのではないかと思います。

最後に、戦略と同時に、下澤さんが書かれているように、信頼関係がUNDPと日本のパートナーシップにおいても極めて重要です。信頼関係は、組織間でも成り立ちますが、それ以上に個人と個人の間に成り立ちますので、UNDPと日本の場合でも、個人的な信頼関係が重要となっています。

以上です。今後も是非コラム等を通じてNGOについて教えていただければ幸いです。

粒良麻知子

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