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2004年9月19日 (日)

Seeing is Believing(4)―アフリカ開発を考えたとき(後)(工藤真友美)

(前回のコラム:Seeing is Believing(3)―アフリカ開発を考えたとき(前))

 彼女はこの学校をこの地域の公共の場を利用して運営している。運営費はおそらく公共の費用なのだろう。ただ、給料は出ていないそうだ。ボランティアとして、子供達に文字や、計算など教えているのだった。ロータリークラブとしては、そこでまかなえきれない分や食料などを援助していた。その先生は自分はまだまだ若いわよ。といっていた。子供達がいれば、若くいられるのだと。

 peace corpsでアメリカから丘の上の学校の教育指導にきていた人も、たまにこの学校に来て手伝っているらしく、たまたま居合わせた。もちろん、授業はズールー語。ズールー語のアルファベットから始まる。私も一緒になって学んでいて、手伝うというより、邪魔している感じだった。その後は、特別授業で私が折り紙を教えることになった。とはいっても、ズールー語を流暢に話せるわけではないので、先生と助手の人が子供達に通訳してくれていた。それでも子供達は私に直接「これどうするの?」(とおそらくいっているのだろう。)聞いてくるのだ。言葉が通じなくていらいらしていた私にかまわず、子供達は真剣そのものだ。折り紙ひとつに。なんだか、なんか自分が教えている立場だったのに、逆に学ぶことが多かった。言葉がだめなら表情で子供達は返してくる。nice!とかgood!といった私でも分かるズールー語を使ったらものすごくうれしそうな顔をされた。

 80歳の先生と終わった後に話をした。なぜ、無償で先生をしようと思ったのか聞いたのだ。先生は、確かにお金とかないので、ちゃんとした教育制度を整えることはできないけれど、でも、やる気のある生徒、そして紙とペンくらいがあれば何かは教えることができるはず、と言った。自分が地域の大人たちに計算や文字以外の、生きていく術を学んだように自分も大人になった今、基本的な勉強以外にも供達に何か伝えることができたらいいといっていた。まだまだがんばらなくちゃと。とても80歳には見えないくらいバイタリティとやる気に満ちた人だった。そして、何より、前向きに人生を楽しんでいるようにみえた。

 アフリカには、地域や、部族の中で自然とコミュニティデベロップメントが行われているのだ。互いに困ったときは助け合い、それをみて育った子供がまたそれを実行する。できる範囲でどうにかしようとするのだ。やる気にあふれている。自らの手で、自らの地域を変えていこうとする力は十分にあるといってよい。反アパルトヘイト運動だって、そういった村や地域の集まりから始まったものだ。アフリカ特色として、地域の団結力がある。それをうまく開発に生かすことはできないだろうかと思う。

 彼らに必要なのは、費用だったり、管理制度であったり、ちょっとした技術だったりする。ドナーの考えを押し進めるのではなく、その地域に根付いているもの、伝統、習慣、そういったものをうまく取り入れていくことがアフリカ開発において、すごく大事なのではないかと思う。そのためには、やはり、現地の人と一緒に暮らしをともにしないと分からないと思う。アフリカを肌で感じてこそ、はじめて効果的な開発戦略に結びつくのではないかと思う。Suitable and Sustainable developmentを成し遂げるには、助けてあげるといった、上から下を見る視線では無理である。仮に、私がここでこの学校のためになんらかの支援をするとしても80歳のおばあちゃんを私が助けるといった構図はまったく想像できない。また、新しいものを導入するだけが開発ではないと思う。同じ目線で、自分が同じ状況なら、一体何が必要なのか、何をすることが適切なのかといったことを考えて、人々ができる方法を考える必要がある。そう考えると、私の中でのアフリカ開発の定義は「現地の人々と一緒によりよい社会を作っていく作業」だと思う。

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