2015年10月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

最近のトラックバック

無料ブログはココログ

« パートナーシップは誰のためか(下澤嶽) | トップページ | 歴史に見る『市民社会』概念の変遷(粒良 麻知子) »

2004年9月 5日 (日)

Seeing is Believing(3)―アフリカ開発を考えたとき(前)(工藤真友美)

 先日アフリカはなぜ開発が遅れているかという論文を書くために、「開発学を学ぶ人のために*」 という本を読んでいて、開発を勉強、または仕事とする人は開発とは何かという自分なりの答えを持っておく必要があると言葉が目に入った。開発に関して勉強していたのに、こういう根本的なことをあまりじっくり考えたことがなかった。

 私の場合、アフリカに思い入れが深いので、アフリカを開発するとはどういうことかを考えてみた。今までは、先進国が、アフリカを助けてあげるという考え方しかできなかったのだが、ふと、衝撃的な出会いを思い出した。その人に会ってからというもの、助けてあげるのではなく、「一緒に開発していく」という考えが私の中で定着していた。

 私のことを受け入れていたピートレティーフロータリークラブの活動の一環で、(ロータリーの留学プログラムの場合、必ず、送り出すロータリークラブと、受け入れるロータリークラブが提携して留学が成り立つ。)タウンシップ(主に黒人が住んでいる地区)の障害のある子供達のための学校に毎月寄付や物資の支援を行っているということで、私もついていった。タウンシップは白人の中流階級とは対照的で、小屋のようなところで大家族が住んでいる。もちろんタウンシップ内でも貧富の差はある。南アフリカの中では貧しいとよばれる場所である。物保護区、自然保護区、などと違って観光客はなかなかお目にかかれない南アフリカの一面である。

 学校というのだから、丘の上に見えた大きな建物に行くのかと思えば行った先は、7,8畳ほどの広さの小屋のようなところだった。その中で15人くらいの子供達が待っていた。

 正直「ここが学校?」という印象を受けた。もちろん、ここは途上国で日本と比べてはいけないのは分かってる。しかし、これはさすがにひどい。そう率直に思った。改善はされてはきているが、まだまだタウンシップでの教育問題は山積みだ。障害者専用の教育まで手が回っていないのだそうだ。そこでであった、80歳のおばあちゃん先生がこの障害者用の学校を公共の場であるこの小屋を使って始めたのだそうだ。

 この80歳のおばあちゃんこそが、アフリカの人はかわいそうだから助けてあげようという考えを一掃したのだった。そもそも、かわいそうとか、助けてあげようといっている時点で、アフリカを下に見ていることになる。事実、経済や政治制度の数値的や、制度的な観点からいえば、確かにそうだ。貧しいのは事実。ただ、人々の心や、考え方は決して劣っていることはないと思う。少なくとも、この80歳のおばあちゃん先生は日本の80歳のおばあちゃんより、進んでいるのではないかと思う。

(*菊地 京子 (編)(2001年)「開発学を学ぶ人のために」世界思想社

« パートナーシップは誰のためか(下澤嶽) | トップページ | 歴史に見る『市民社会』概念の変遷(粒良 麻知子) »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/22191/62463897

この記事へのトラックバック一覧です: Seeing is Believing(3)―アフリカ開発を考えたとき(前)(工藤真友美):

« パートナーシップは誰のためか(下澤嶽) | トップページ | 歴史に見る『市民社会』概念の変遷(粒良 麻知子) »