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2004年10月

2004年10月24日 (日)

マイクロファイナンスとは?(粟野晴子)

「地球に乾杯!NGO」をご覧になった読者の方々が用いた検索エンジンでのキーワードを元に、以前掲載したコラムを厳選してお送りいたします。
第6回:キーワード=「マイクロファイナンスとは

 マイクロファイナンスは、貧困削減やエンパワーメント効果があると注目され、多くの機関やドナーが取り組んでいる。今回、このコラムに参加するに当り、まず、私の専門であるマイクロファイナンスの定義や具体的な内容を説明したいと思います。

 「マイクロファイナンス」とは、貧困層や低所得層を対象とした小口の融資や預金などの金融サービスを指しています。バングラデシュのグラミン銀行等の小口融資プログラムが有名になった当初は、「マイクロクレジット」という言葉が使われていましたが、その後、貧困層にとっても預金や保険などの融資以外の金融サービスのニーズがあり、これらのサービスを行う機関が増えてきました。そこで、現在はこれら預金等のサービスも含めて示す「マイクロファイナンス(以下、MFに省略)」という言葉が使わています。(「マイクロクレジット」を使いたい組織もあるようですが…。)

 MFでは、都市および農村の零細事業主や零細農や小農などを対象に、一般金融機関が取扱わない小額の融資や預金サービスを行います。そして、これまで貧困層がサービスを受けられなかった様々な制約を取り除くための、革新的な手法を用いていることも特徴です。担保に代わるグループ連帯保証制度、機関のスタッフが貧困層やグループを訪問する移動銀行などです。そして、これらのMF機関は、これまで高利貸しや友人・知人などのインフォーマル金融に頼らざるを得なかった貧困層に対し、市場金利に近いコストでの融資への道を開きました。家庭でのタンス預金などの貯蓄手段しか持たなかった人々に、安全な預金手段を提供している機関も増えています。

 MFについては、融資による所得向上効果の他、女性の発言力の強化などのエンパワーメントの効果も多く報告され、一部では、貧困削減やエンパワーメントの万能薬であるかのような賛美もされますが、その一方で、「最貧困層には届かない」「貧困層の負担を増加させている。」「本当に所得向上効果があるのか?」「グループ貸付けは、社会での人間関係を崩壊させる面もあるのではないか?」といった否定感や疑問も多く聞かれます。今後の報告では、近年のMFの流れをご紹介すると共に、このようなMFに対する評価や限界、それに対する取り組みについても考えていきたいと思いますので、皆さんが見られた事例やご意見もどうぞ活発にお寄せ下さい。

(このコラムは2002年7月10日に掲載しました。バックナンバーはこちら。また、関連文献リストはこちら。)

2004年10月18日 (月)

セネガル前夜(位田和美)

 私は現在、青年海外協力隊としてセネガルに暮らしている。人々の"テランガ(=持てなし)"と甘いアタイヤ(=中国茶)、そして大きなバオバブの木に迎えられ、早くも半年が経とうとしている。そもそも、なぜ青年海外協力隊としてアフリカの地を踏むことになったのか。ここでは、今に至るまでの経緯をご紹介したい。

 私は大学時代、会社員時代を通してアジア、特に東南アジアを追い続けてきた。それは、日本と東南アジアとの地政学的、政治経済的緊密性および個人的な歴史的経緯への関心に起因している。ところが、留学していたマレーシアに暮らすうち、上記の学術的関心を充足すると同時に、意外にも多くのアフリカ人留学生・研究者に出会い、東南アジアを構成する一国家としてのみならず、「中進国」「イスラム国」としての多面性をも有するマレーシアの国際性に改めて気づかされた。また、彼らを通して、黒人差別の存在というマレーシア社会の暗い一面を垣間見ることにもなった。

他方、彼ら自身は彼らの文化や風習を重んじ、互いに思いやり、誇り高く暮らしていた。そして私は、彼らとの対話を通して、彼らの人間としての懐の深さや自国の将来に対する熱意に次第に興味を持つようになった。協力隊受験時にアフリカ派遣を希望したのは、彼らを輩出したアフリカ社会をもっと知り、そのダイナミズムを多少なりとも感じることができれば、と思ったからである。

 その協力隊であるが、私は村落開発普及員として派遣されている。村落開発普及員とは何か。明確な定義はないが、一般に、農業や保健、教育、収入向上など、村落に関わる多様な分野の発展を、住民と共に考え、実現可能な改善策を住民とともに模索していく役割を担う、とされている。何とも曖昧な職業である。

 折しも、私はセネガル派遣前に2度ほどPLA(participatory Leaning and Action)研修を受講する機会があった。そこでは、PLAツールの習得よりも、むしろファシリテーターとしての心構え、住民に接する際の態度といった、住民のニーズ発掘に携わる外部者の人間性の探求、および理念としてのPLAの習得に焦点が置かれていた。これらの学習を通し、私は「住民とファシリテーター間、あるいは住民同士の相互の学習を通して」行動変容を促す、「住民に住民自身の課題について考える機会を持ってもらう」というPLAの理念と、私の途上国一般に対する関わり方との共通項を見出すことができ、さらにこのPLAの理念を実践に移したいと思うようになった。これには、村落という大きな集合体を抱え、総合的にどんな分野にも手を出すことのできる村落開発普及員という立場を活用するのが有効である。ましてや、青年海外協力隊ともなると、2年間一箇所に留まり、まさに文字通り住民と生活を共にしながら村落の抱える課題に取り組むのである。かくして私は、青年海外協力隊事業という制度の下、PLAを実践・活用し、住民の本当のニーズを追及してみたい、という課題を掲げ、セネガルへやって来たのである。

2004年10月10日 (日)

マラウイ徒然(9)食糧危機(1)(小林由季)

「地球に乾杯!NGO」をご覧になった読者の方々が用いた検索エンジンでのキーワードを元に、以前掲載したコラムを厳選してお送りいたします。
第5回:キーワード=「食糧危機

 今回は「中小企業振興」の続きを書く予定でいたが、緊急性がある「食糧危機」があまり知られていないように思えるので、予定を変更した。しばらく「食糧危機」について書き、また「中小企業振興」に戻ることにしたい。

 マラウイでは2002年2月末に大統領が食糧不足による災害事態を宣言した。食糧不足といってもぴんとこないかもしれないが、まずは「いくら不足しているのか」ということを数字で追いかけてみたい。

 マラウイの農業カレンダーといいましょうか、食糧供給のサイクルは、12月から3月のメイズ栽培期を基準としている。穀物栽培期は12月から3月まで、穀物販売期は4月から翌年3月まで、というわけ方をする。

 2000/01穀物栽培期(2000年12月から01年3月まで)のメイズの不作に端を発した食糧不足は、2001/02栽培期中に500名以上が餓死するという事態につながった。そして2001/02栽培期も引き続き不作であった。マラウイ人の主食はメイズで食事の80%を占めているが、不作であったメイズの代わりになるキャッサバやさつまいも等の生産高についてはわずかに増えたものの、メイズの不作を補うには至らなかった。

 USAID Famine Early Warning System Network (FEWS) Malawi Food Security Report mid-Nov to mid-Dec 2002によれば、マラウイで必要な食糧は年間約247万トン(以後、トンとはmetric tonのこと)と見積もられている。それに対して、02/03穀物販売期(02年4月から03年3月まで)をまかなうため、国内で生産された食糧は177万トン。それと、02年4月以前から持ち越した備蓄食糧3万トンの合計は180万トンしかない。

 よって67万トンは国外から調達しなければならないが、昨年12月現在で、政府輸入分23万トン、援助分10万トンの計33万トンが流入しており、12月17日現在では事実上34万トンが足りないという計算になる。その内、今後の予定分が政府輸入分2万トン、援助約束分7万トンの計9万トンが予定通り流入すれば、残りの必要調達量は25万トンである。


マラウイ02/03穀物販売期(02年4月~03年3月)の食糧事情
必要な食糧の総量 247万トン
-)国内生産量 177万トン
-)前期からの備蓄食糧持ち越し 3万トン
=足りない量 67万トン
------------------------------
-)政府輸入分 23万トン
-)援助分   10万トン 10万トン
=12月現在で足りない量 34万トン
------------------------------
-)政府輸入予定分 2万トン
-)援助が約束された分  7万トン
=3月までに足りなくなる量 25万トン

 FEWSは、上記の必要調達量25万トンは統計に上がってこない近隣国からのインフォーマルな形での輸入でカバーされる可能性も大きく、今後の政府輸入及び援助予定分が速やかに入ってきさえすれば、3月までに必要な食料は総量としては流入するかもしれないと楽観的な見方を示した。

 しかし、仮に総量でみて国内に充分な食糧があっても、全ての人がその食糧にアクセスがあるのか、というのは別問題である。

(本コラムは2003年2月14日に発表されました。)続きはバックナンバーでご覧下さい。

2004年10月 3日 (日)

スコットランドNGOネットワーク、NIDOS訪問記(松尾沢子)

今年7,8月の2ヶ月間、グラスゴーにあるNIDOS(Network of International Development Organisations in Scotland www.nidos.org.uk)にお世話になった。インターンという形で、専従コーディネーターのFionaとスコットランド議会から出向できているポリシーオフィサーのDhanaの日常業務を補助しながら(NIDOS事務局は実質この2人のみ)、英国の地域ごとのNGOネットワーク組織の活動について理解を深めることが目的だった。あいにく夏休み時期と重なり、予定していた会員団体へのインタビューは40団体中18件と半数を割ったが、Oxfam ScotlandやSave the Children Scotlandといったロンドンに本部のある大手英国NGOのスコットランド支部ではなく、同地に本部を置く団体中心に話を聞けたので、「スコットランド」ブランドの意味を考えるよい機会となった。以下簡単に英国のなかでも、イングランドでもウェールズでもない同地のNGO事情をご紹介したい。

NIDOSの会員は現在40団体。スコットランド内の全てのNGOを網羅しているわけではないが、2001年の設立当時、現地のスコットランドのNPO/NGOへの助成金を行う金融機関の財団が、国際協力部門への応募条件にNIDOS会員資格を求めたことから、当時活動していた大半の団体が会員となり、以後着実に増加している。90年代はBONDしか選択肢がなかったが、今は身近に同一情報にアクセスできるという理由で、BONDからNIDOSへ移動してくる団体もいる。

JANICの国際協力NGOダイレクトリーのように業務形態別のデータを取っていないので、正確なことはいえないが、団体概要とインタビューから、40団体の大半はサービス供給(含むボランティア派遣)、開発教育、研修事業に従事しており、アドボカシーや調査研究も若干見られた。国内での大規模なサービス供給活動をもつ一部団体(赤十字など)を除いた会員の平均スタッフ数は5.19人。しかし70%近くは5人以下で活動している。全会員の半数強の22団体がスコットランドに本部を置くNGOとなる。会員区分でみると彼らの大半は中小規模で、やはり大規模会員はOxfamや赤十字などのロンドンに本部を置く全国規模の団体となる。

ネットワークとしての歴史はロンドンにあるBONDに比べまだ浅く、会長(現時点ではOxfam Scotlandの事務局長)を中心にその存在目的を見直している最中であった。スコットランドのNGOがロンドン中心の政策決定や資金源へより効果的にアクセスすることを確保するための活動(政策決定者との定期的コミュニケーション、審査に耐えうるプロポーザルを書く能力なりマネジメント能力を身に着けるための研修実施など)か、或いは、スコットランド社会での知名度向上や英国ODAなりEUの援助政策への影響力行使のためのアドボカシー活動をするべきか。目下会員の意見を聴取している最中で、向こう1年程度かけて総会や運営員会で議論される予定とのことである。

同時に来年スコットランドのGleneagleで開催されるG7/8サミットに向けたキャンペーンであるMobilisation 2005にスコットランドのNGOが参加しなくては!という意気込みが一部の会員に強く、全会員によるコンセンサスそっちのけで、NIDOS事務局が実務面で対応するという状況でもあった。この理由として、現会長はMobilisation 2005はスコットランドのNGOの知名度向上と政策提言での発言力強化の2点で意義のある活動だからこのような状況も致し方ないとの意見だった。私もこの点には同意するものの、インタビューした中小規模の会員の多くが、ロンドン主導の本キャンペーン及び大手団体の独裁的アプローチに懐疑的であることを考えると、逆にNIDOSのようなネットワークの求心力が落ちる可能性も否定できなかった。

最後にNIDOSでの2ヶ月間で印象に残った言葉を二つご紹介したい。ひとつはスコットランドに本部を置くある中規模NGO代表の言葉。“We are one of the few NIDOS members who can appeal to the Scottish society for doing “Scottish-owned” development project. People like that and we also like it as it also leave space for us to appeal as “British NGO” in elsewhere too”(我々は「スコットランド」自前の開発プロジェクトをしているとスコットランドで宣伝できる数少ないNIDOS会員だ。人々はこのことを評価している。また我々は「英国NGO」という肩書きでも、ドナー(例えばEU、国連機関など)にアピールできるので二重に好都合である)

つぎは途上国出身のスコットランド人(例えばインド系、アフリカ系の人々)が主体的に行う開発教育プロジェクト案がある団体代表の言葉。”I think some people still think that development education is the privilege of white-British and there is no space for black and ethnic minority group to participate who is also part of Scottish society.”(一部開発教育関係者は、開発教育はいまだ白人英国人の専売特許だと考えている節がある。そこにスコットランド社会の一員であるアフリカ、アジア系などの非白人英国人の参加の余地はない。)

前者は二つのアイデンティティをもちうるスコットランドNGOの強み、後者はスコットランドの中の多人種・異文化共生の課題を考えさせられる言葉だった。

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