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2005年4月18日 (月)

セネガル地方政府にとってのPLA(位田和美)

ローカルNGOによるPLA研修後任地へ戻った私は希望に満ち溢れていた。ときに時期は9月半ば。まだまだ農作業の忙しいときである。それでも、PLAを実践できれば、という想いからまずは配属先である農村開発普及局(地方行政機関)の上司に相談し、アドバイスを仰いだ。すると、この上司こそ自称「PLAの申し子」、PLAをよく学び、実践もしてきたと言うではないか。実際に上司の前の任地で行ったPLA報告書も見せてもらった。これは願ったり叶ったり。・・・と思ったのも束の間。よくよく話を聞いてみると、上司の言うPLAとは、上司自身はもとより、多くの開発関係者を村へ呼び、上司たちの日程に合わせて村人を集め、5日間程泊り込んで実施する非常に大々的なものであり、それ以外はPLAとは呼ばない!というほど決まりきったものであった。しかも、そのコーディネート(資金調達含む)はすべて配属先に所属するボランティアである私の役割であると言う。

上司がPLAを知っていたこと、またPLAの支持者であることを知ることができたことは何よりの収穫であった。しかし、問題は私が思い描いていたPLA像との乖離である。私にとってPLAとは、あくまで村人の利益中心であり、日常の生活において村人の負担にならない範囲の日程で、かつ村人の率直な意見が出るような環境下での情報収集・意見交換を通し、お互いに気づき、学び合うというものである。他方、配属先にとってのPLAとは、まずは「配属先の成果」としてのPLA実施という事実を作り上げることであり、村人への利益還元は二の次である。もしも村人への利益還元を図るとすれば、PLAによるニーズ調査後、援助機関による開発プロジェクト導入によって図るものである、との認識でいる。しかも、その開発プロジェクトの導入交渉もJICAのボランティアである私に期待している面が大きい。

これら配属先の意向を知ったとき、私は非常に困ってしまった。当時、PLA実施のための資金調達源も、その後の開発プロジェクトを導入する見込みもなく、また何よりも、そもそものPLAに対する認識が真っ向から食い違っている状況下で、私自身どのように対応していいのか図りかねたのである。しかし、私のセネガル派遣は配属先からの要請があってこそ。配属先上司の配属先の利益を優先した考えも、組織としては当然のことであるため、理解はできる。そして考えれば考えるほど、私の考えは所詮は外部者として「村人の利益」という理想を追求しすぎており、現実を見据えることができてはいないのではないか。もしかすると、配属先上司の言うように、多少のニーズ調査の純粋性が損なわれようと、結局はどんな分野であれ開発プロジェクトが村に導入され、社会経済インフラが整っていくことこそが村人にとっての利益ではないか、と思い悩むようになった。

そこで、PLA実施に関しては3通りの可能性を検討した。①配属先の言う通り大々的に行う方法。②私が考える村人の都合・既存リソース・利益を最優先した方法。③モデル村を設定し、モデル村では①の方法で実施し、同時にモデル村でのPLA実施時に招待した他村のファシリテーターを養成。養成したファシリテーターが②の方法で実施する方法。しかし、考えていても何も始まらない!配属先との会話を進めつつも、まずは村へ行き、村人の現状を改めて見てみることにした。

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