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2005年5月22日 (日)

プロジェクトの持続性とは…(2)-グアテマラの二言語教育プロジェクトの終了を控えて-(上岡直子)

(前回のコラム「プロジェクトの持続性とは…(1)」

前回のコラムにおいて、グアテマラの二言語教育プロジェクトの、コミュニティ・レベルを超えた持続性に関する懸念に言及した。プロジェクトがコミュニティより上のレベルにおいても持続されるには、国の政府の政策決定権のある人々が、まず第一にプロジェクトの目的を分かち合っており、活動の内容と成果に充分な関心を持ち、それが有益であると認めた上で、公共事業の一部として行く事が必要である。

当グアテマラの先住民向けの二言語教育のプロジェクトの場合は、1996年の和平協定の締結を受けて、USAIDが先住民に対し、先住民の言語と文化を取り入れた教育プロジェクトを実現させる目的で実施に至ったものである。USAIDは1980年代より先住民対象の二言語教育に対し支援を行なっているが、従来はスペイン語の習得を効果的に行なうため、生徒の母語であるマヤ語を使いスペイン語を教授するのが、主な目的であった。しかし、和平協定後の二言語教育プロジェクトは、協定に明記された先住民の文化的権利と、学校での先住民言語の使用、および文化・伝統の保存を支持する目的から、すべての科目におけるマヤ言語の使用、マヤの生活習慣、世界観、文化を織り込んだ授業を目指したという点で、従来の二言語教育と異なる。実際、プロジェクト名からしても二言語異文化間教育(Educación Bilingüe Intercultural)と、文化面も強調されている。USAIDだけでなく、ドイツを始めとする他の国際ドナーも、和平協定後、先住民向けに同様の教育活動への支援を一気に開始した。

しかし、グアテマラの政府にとって、先住民は国の人口の割合からしては過半数であるにもかかわらず、先住民に関する関心は薄く、政府の政策や事業で、先住民が恩恵を受けるものは限られている。これは、政府高官は、大多数が非先住民であり、同胞の非先住民の利益を優先して政府の事業を進めるからである。もちろん植民地時代から続く、先住民に対する偏見、差別もいまだに根強いこともあるだろう。政府は、先住民の起用を対外的に示す必要もあって、少数ながら先住民出身の高官を起用しているが、それらの人々は、政策決定権の周辺部におかれている場合が少なくない。また、政府事業は、農村部よりも都市部対象に重点が置かれがちで、先住民の殆どは農村部に集中しているから不利である。先住民を対象とする二言語教育に関しても、政府の教育政策に明確に含まれておらず、事業も殆ど国際ドナーに頼って実施している。(教育省に異文化間二言語教育局があるが、職員自身の予算も常に充分でなく、事業費にいたっては、殆どないのが現状である)。

 World Learningの当二言語教育(正確に言えば二言語異文化間教育)は、プロジェクトの効果と持続性を図るために、コミュニティ・レベルでの活動と並行し、中央と県レベルの教育省と連携してきた。それは、教育省の高官との討議に限らず、教育省の職員を教員と一緒(または別に)トレーニングし、二言語教育手法を伝授したり、先住民向けの教育に関する会議やワークショップを開催して、二言語教育の重要性を啓蒙したりと、数知れない。昨年(2004年)の初めに新政府が発足し、教育省の高官も一新された後は、教育大臣を当プロジェクト実施地のキチェ県に招待し、実際に教師や父兄が、プロジェクトから伝授された手法で二言語教育を行ない、生徒が和気藹々と学んでいる様子も参観してもらった。草の根レベルで成果が現れた手法と経験をベースに、政府の教育政策や事業に影響を与えるという、ボトムアップの政策戦略である。その結果もあって、教育省が、プロジェクトが終わる前に、先住民の割合が高い十三県を対象に、プロジェクトの開発した、異文化間二言語教育手法を伝えるトレーニング・ワークショップを開催して欲しいと依頼があり、そのワークショップは今年初めに実施された。

しかし政府がこれから、キチェ県で私達のプロジェクトの活動を県の職員によって引き継いでいったり、また、他県において、プロジェクトがワークショップを通して伝授した手法や経験を実際活用していくという予定は、特に出していない。このプロジェクトは、グアテマラ政府とUSAIDの協力協定により開始されたもので、書類上は、政府(教育省)がカウンターパートとなっている。しかしそれは形式上のことだけで、政府は相変わらず先住民に対する関心が薄く、自分達の予算を費やしてまで二言語教育を推し進める意図はないことを、改めて認識させられた次第である。世界銀行やJICAの技術移転のプロジェクトであれば、政府が真のカウンターパートであり、その為、政府の意向や官僚システムに否が応でも振り回され、プロジェクトが従来意図した活動を行いにくかったり、効率的に活動を進めるのが困難だったりする。以前世銀にいた私は、USAIDのプロジェクトの実施し易さがうれしかったのだが、今になって、それは政府の範疇外で活動が行なわれていたためと気づき、唖然としてしまったのである。当プロジェクトは、草の根レベルで教師や住民に、二言語教育に対する意識変革を引き起こすことには、ある程度成功したと思う。また、プロジェクトが起用した先住民のコーディネーター達も、プロジェクト終了にあたって、自分達の同胞の先住民に対する支援を引き続き行なう目的で、NGOを結成したりと、プロジェクトの活動がローカルのキャパビルの一端を担ったと自負している。しかし、USAIDのこのようなプロジェクト実施のモダリティが、コミュニティを超えたレベルでの持続性を持たせられるのか、考えさせらてしまうところである。

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