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2005年8月22日 (月)

「できること」から・・・(位田和美)

(前回のコラム「PLA実施」)
赴任当初から(今から思えばツールの実践としての)PLA実施にこだわりつつも、村によっては実施に踏み切れなかったり、実施してもその後の活動へ効果的につながっていかなかったり、と活動方針や活動内容を探る日々が続いた。その一方で、配属先からは「女性グループの組織化」を支援するようにとのお達しが下った。「女性グループの組織化支援」と言うと聞こえはよいが、ここでは住民にとってかなり高額な登録料を支払い、煩雑な事務手続きを行い、各国政府がフィナンスする女性対象のプロジェクトに申請するよう住民の総意を取り付けることを意味する。配属先にとっては、登録されないグループはいくら活動の実が伴っていようと意味を持たないようだ。またもや登録グループの数を「配属先の成果」として重視しているともとれる業務命令だ。財源の乏しい地方行政機関としては致し方のないことか、でも、登録するしないに関わらず、やる気のあるグループを積極的に支援するべきではないのか、などと青臭いことを考えたりもした。しかしながら、手段はともあれ、登録制度の存在を知るということ自体が何かしらの住民活動機会の提供になれば、また、これが長年地域開発を担ってきた配属先の経験に裏打ちされたセネガル式のやり方なのかもしれない、という想いから巡回村の住民たちと話をしてみた。すると案の定、あまりに自分たちの現実とかけ離れた話である、と途方に暮れている。やはり、住民の身の丈に合った活動を展開するためにも、とにかく自分に「できること」から手をつけ、住民の反応を見ながら進化していくしかないな、と観念した。配属先には「まだ私自身に住民を組織化する力量が備わっていないので。」と、組織化にとらわれず自由に活動させてもらえるよう理解を取り付けた。

さまざまな試行錯誤を経て、いつしか保健啓発活動が私の活動の中核を占めるようになってきた。保健啓発活動は、医療機関やNGOと協力し、村の保健施設や学校を舞台に、人々に基礎保健および疾病予防の知識を伝え、地域の保健衛生状態を改善することを目的としている。私は誰でも目で見てわかるように、視覚教材を中心に、ときに歌をまじえたり、紙芝居をしたり、簡単な実験をしたり、と自分も聞いている相手も楽しめる時間になるよう工夫してみた。実際には、外国人である私がカウンターパートと一緒に皆の前に立つだけで、まず人々の目をひき、また、つたない現地語で話したり歌ったりするのが人々の好奇心をくすぐり、結果的に保健啓発活動が住民の一種の娯楽ともなったようだ。これにより、住民との距離がぐっと近くなったような気もする。やはり「体験を共有する」ことは大切だなと思った。

機材や特別な専門知識がなくても「できること」から、皆と一緒に楽しみながらの活動は、協力隊活動のとっかかりとしてまずまずの感触を得た。しかし、とっかかりはとっかかりでしかない。この保健啓発活動に限っても、(1)基礎保健知識の横の展開(地域全体への普及)、と(2)これら保健啓発講座で見聞きした知識を実践するに至る行動変容の促進は、任期中を通して考え続けていく大きな課題である。

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