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2005年8月15日 (月)

津波被災地復興支援の現場から(4)(里見陽子)

スリランカの現場で日常生活やプロジェクトの活動を左右するもの、我々の頭を悩ませるもの、それはハルタール(harthaal)と呼ばれるストライキ(抗議行動)である。プロジェクトの実施において、重要な外部要因であると言える。「ハルタール」の語源はよくわからないが、インドやバングラデッシュなど他のアジア諸国でも使われているようなので、外から入ってきた言葉なのだろう。スリランカでは、シンハラ語・タミル語共通の言葉として一般化している。

ハルタール中は政府機関が閉鎖、商店もすべて営業停止し、普段なら通りを賑わすバスも運行停止になる。学校もそのほとんどが休みだ(ただし最終的に学校閉鎖にするかどうかは校長の判断であり、ハルタール中にも関わらずやっている学校も、たまにある)。これだけでも地域経済や市民活動に大きな打撃であるが、もっとも怖いのはその抗議行動が暴力化することである。例えば、石を投げつける、タイヤを燃やす、電柱やブロックなどで道路を封鎖する、道路の真ん中で炊事を行う、など。

これまではハルタールと言えば、反政府組織LTTE(タミル・イーラム解放の虎)の支配地域および支配力の強い地域における、LTTEの対政府抗議運動であることが大半だった。ところが最近ではいろいろなタイプのハルタールが頻発している。

例えば、避難民キャンプ住民によるハルタール。政府による津波被災者支援が満足に届いていないという不満から、避難民キャンプ住民がハルタールを実施する。地元からも有力政治家が出ているのに、大臣となった彼らが、被災した住民のために何もしれくれない、という不満に加え、不自由なキャンプ暮らしがこの先いつまで続くのだろうかという、先行きの見えない不安。そういったものが時折住民たちを動かし、抗議行動が実施される。

ムスリム住民によるハルタールもいくつか続いた。6月24日、スリランカ政府とLTTEの間で津波復興支援事業の調整機構Post-Tsunami Operations Management Structure (P-TOMS) の設置に関する合意文書(MoU)が調印されたのを受け、これに反対するムスリム住民・政党がハルタールを繰り広げた。P-TOMSにおいて、ムスリム勢力がLTTE同様の扱いを受けていない(署名者になっていない)ことに対する抗議が主な理由と考えられる。

このような政治的に不安定な地域で活動する我々としては、安全管理に大変気を遣う。「明日はハルタールがあるらしい」との情報を受けると、その地域に出入りできなくなるので自宅待機となる。(私が住んでいるのは、LTTE勢力範囲外で津波の被害も受けていない内陸の町。)

「午後からハルタールがあるらしい」という情報が確認されれば、事務所閉鎖となり、職員は皆先を争うようにして帰宅する。道路が封鎖される前に、あるいはバスが通っているうちに、速やかにその地域を脱出しなければならない。

こういうことが、ほぼ毎週のように起こる(避難はしたが、結局単なる噂だけだったということもある)。計画を立てて仕事を進めることができないのは、我々にとって大きな足かせだ。しかし、これがスリランカの現状である。自らの安全確保のためにも、必要な情報をキャッチする「耳」と「感覚」が重要だと感じている。

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