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2005年9月26日 (月)

ケニア・タンザニアでのボランティア-その2 ダルエスサラーム編(早川元貴) 

(前回のコラム「ケニア・タンザニアでのボランティア-その1 経緯 編」)

「生野菜は食べちゃだめだよ」――これは行きの飛行機の中で出会った、タンザニア生活20年というアメリカ人女性からの親切なアドバイスです。そう言われて、かじりかけた機内食の野菜サンドイッチからあわてて口を離す私に、衛生状況が良くないから彼女でもレストランや機内食の生野菜は口にしないのだと説明してくれました。ちなみに、彼女は機内食のチキンにも苦い経験があるのだそうです。

ケニアのナイロビからタンザニアのダルエスサラーム行きの飛行機で偶然隣席したこのアメリカ人女性はダルエスサラームでストリート・チルドレンの学校を運営しているのだそうです。そんな訳で、彼女からはいろいろ生活面でのアドバイスをいただきました。彼女の運営する学校は、タンザニア政府や各国大使館からも支援を受けているということで、タンザニアにおける資源動員活動などについても良い話しを聞かせてもらいました。ちなみに、彼女のアドバイスのおかげで1ヶ月のボランティア中は決して生野菜を口にすることはありませんでした。

しかしながら、このボランティア中に食べ物に困ったということは全くありませんでした。ダルエスサラームでは美味しい現地料理を堪能させていただきました。香辛料、ココナツミルクで味付けしたご飯が格別に美味しく、また、海が近いこともあってか、魚料理は最高でした。さらに、インド人移民が多いということでいろいろなカレーを満喫することもできました。

ボランティアの受け入れ先であるEAC本部はタンザニアのアルーシャにあるのですが、私の所属部署である保健部門が、首都ダルエスサラームで1週間ほどGIS(地理情報システム)のトレーニングを行っていることで私も上司に同行してダルエスサラームに滞在することになりました。しかし、トレーニングには少し顔出す程度で、ほとんどは私の担当である資源動員関連の活動をしておりました。

実際には、ダルエスサラームにあるドナー国の大使館に連絡を取り、保健分野の資金協力を要請するというものです。上司のアドバイスで、特にEACの企画している保健プロジェクトの中でも、エイズ治療の評価、GISを中心とした保健情報処理システム、アフリカ・トリパノソーマ症(Trypanosomiasis)対策の三つのプロジェクトを集中的に売り込むということになりました。

個人的にはアフリカ・トリパノソーマ症対策のプロジェクトに特に興味を持ちました。アフリカ・トリパノソーマ症は眠り病とも呼ばれるもので、サブサハラ・アフリカを中心に生息するツエツエバエという吸血蝿によって伝播される脳炎です。悲しいことに、現在ある治療薬のほとんどが、何十年も前に開発されたもので、かつ深刻な副作用を伴う可能性が高いという状況です。
数年前に、日本のテレビでもアフリカ・トリパノソーマ症 について報道されていました。脳炎のために食事の際でもウトウトと居眠りしてしまうように意識を失ってしまう少女の姿にひどく胸を打たれたのを覚えています。

「はじめまして。EACの早川元貴です。保健プロジェクトの資金協力をお願いしたいのですが。」――これは、ボランティア期間中に呪文のように繰り返したフレーズです。ダルエスサラームだけでも20近くの大使館、援助機関にコンタクトを取りました。しかし、電話をしても、保健担当のスタッフにすんなりたどり着くことは例外で、何度も掛けなおしをすることが必要でした。電話で「保健プロジェクトの担当者をお願いします」と言ったため、大使館の保健室につなげられたことが幾度もありました。ようやく大使館の保健担当のスタッフにコンタクトすることができても、EACを現地NGOと勘違いされて面会を断られるということもありました。「何で、日本人がEACの保健プロジェクトの売り込みをしているの」というような質問をされることもありました。

担当者が不在ということで留守電にメッセージを残す場合でも、また折り返し電話をかけ、数日まっても、相手からまったく反応がないとこっちも半ば意地になって電話を何度もかけなければなりませんでした。最初は、少しおどおどしていた「呪文」も、2,3日ですんなり唱えれるようになったのではないかと自負しておりましたが。

ダルエスサラームでは、上司と共に現地のホテルに宿泊しました。一泊40ドルくらいの、現地基準からすると結構高級ホテルのはずだったのですが、ちょっとしたトラブルもありました。シャワーが出ないのです。蛇口を全開にしても生ぬるいお湯が文字通り水滴程度にでるだけなのです。まあ、浴びないよりはましか、ということで半ば諦めてしまいましたが。

ホテルの部屋には蚊が出るということで、毎晩ホテルのスタッフが殺虫剤をスプレーしにきます。マラリア予防のために携帯の蚊帳をジュネーブから持ってきたのですが、いまいち部屋のつくりが蚊帳に対応しないということで蚊にはかなり敏感になっていました。部屋には蚊のほかにヤモリが出没し、食堂ではゴキブリが駆け回るというホテルでしたが、先ほども言ったように、食事はとても美味しくいただくことができました。ホテルのスタッフもとてもフレンドリーでタンザニア人の温かみを知ったような気分させられ、総合的には非常に良いダルエスサラームの滞在でした。

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