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2005年10月10日 (月)

津波被災地復興支援の現場から(5)(里見陽子)

(前回のコラム「津波被災地復興支援の現場から(4)」)
雨季が近づいている。朝晩は一瞬スリランカにいることを忘れてしまうくらい、空気がひんやりしている。2~3ヶ月前なら、朝から太陽がぎらぎら照って、仕事場へ向かう車の中でもじりじりと肌を日に焼いていたものだが、そんな朝の日差しがないと拍子抜けさえしてしまう。慣れたはずの冷たい水シャワーも、この時期はちょっとつらい。常夏の国でも季節はあるものだと、あらためて認識する。

東海岸の町カルムナイ周辺では、海岸から2~3キロを海岸線と平行に走るメインロードより内陸に、一面の水田が広がる。4~5月には育ち盛りの稲の生き生きした緑が美しかった田んぼも、今は収穫の時期も過ぎ、藁が積み上げられている。害虫対策だろうか、夕方になるとあちらこちらで田畑が焼かれているのを見かける。スリランカは二期作が多いと聞いているから、しばらくしたらまた田植えが始まるのだろう。

決して長い期間ではないが、7ヶ月にわたってこの地域で活動してきた中で、こうした自然環境の移り変わりを感じとることができ、新たな発見もあって興味深かった。また何より、災害後の復興という時期にあって、様々な人的・物的要素が大きく変化するのを見たり感じたりすることができ、それは私自身の日々の活動に刺激とやりがいを与えてくれた。

9ヶ月前に未曾有の津波被害を受けた町は今、復興への道を歩んでいる。と言っても、まだ多くの被災者がキャンプや仮設住宅での暮らしを余儀なくされているし、学校だって元通り正常に機能しているかと言えば、そんなことはない。癒されない傷を心に抱えた子どもたちも、まだたくさんいるだろう。それでも、津波で全てを失ったことを嘆いてばかりいるのではなく、そこをスタート地点にしてもう一度頑張ろうという、外部者である我々には計り知れないくらいの強さを持った人々がいて、それが彼らを前へ前へと動かしている。

ある時、一人の校長がこう言った。「ツナミは我々にとって本当に本当に悲惨な経験だったが、だからといって、いつまでもツナミのことを言い訳にしてたんじゃ駄目なんだ。被災したから仕事ができない、学校に来られない、遅刻したって仕方がない、とか何だって言い始めればいくらでも出てくるが、そういうことを習慣化させてはいけない。我々は、次にどんな災害が来ても大丈夫なよう、備えておかなきゃならないからね。」

そう、突然の大災害というこれだけの厳しい経験をしたのだから、この先どんなことがあろうと、彼らなら大丈夫なはず。大丈夫であってほしい。災害時、いや災害が起こらなくとも、援助が与えられるのを待つだけでなく、また上からの言いなりになるだけでなく、彼ら自身が、様々な外部支援の中から、自分たちの生活や教育やコミュニティの強化改善のために良いと思われるものを選択し、調整し、利用できるようになってほしいと思う。結局、外部者にできることは限られているのだから。そして、援助活動をそういう方向に持っていくことが、緊急援助から復興への橋渡しにつながるのではないか。

私はこれまで、紛争後の緊急援助から長期的復興・開発への移行に関心を持ち、テーマとして扱ってきた。もちろん津波災害は紛争とは違うが、今回津波被災地復興支援の現場での活動を通じて、私自身あらためてスタート地点に返ったような気がする。さあ、心新たに、次も頑張ろう。

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