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2005年10月24日 (月)

ケニア・タンザニアでのボランティア-その3 ナイロビ編(早川元貴)

(前回のコラム「ケニア・タンザニアでのボランティア-その2 ダルエスサラーム編」)

ボランティア中に一週間ほどケニアのナイロビに滞在する機会がありました。EAC主催のE-ガヴァナンスの会議がナイロビで開催されていて、私の上司が保健情報処理システムに関して発表をするということで、私も同行することになりました。また、上司はナイロビ出身ということで、彼の実家を訪問する、ということもナイロビ出張の理由の一つでした。EACの保健プロジェクトへの資金調達という点からは、ナイロビに駐在する各国大使館を訪問するという狙いがありました。

ナイロビに到着して最初に目についたことは、やはりナイロビ市に見られる高い経済発展のレベルです。ダルエスサラームと比べ、はるかに近代化しているという印象を受けました。市内のインフラを見ても、想像していた以上にナイロビは発展しているなあと感じました。その中でも、一番の驚きは、市内にあったショッピング・モールです。その規模、品揃えは、アメリカの片田舎に見られる中規模ショッピング・モールに匹敵するものがあったのではないでしょうか。便利さ、という点だけに目を向ければ、ナイロビは他のアフリカの都市よりもはるかに進んでいる言えるのではないでしょうか。その一方で、貧困層の集中するスラム街に足を運ぶ貴重な機会がありました。

7月のナイロビは丁度冬の時期に当たるそうですが、勉強不足の私は現地に到着するまでそのことを知らず、「ケニア=アフリカ=暑い」という公式を勝手に作っておりました。日中はポカポカ陽気で暖かいのですが、夜になると結構冷え込みます。最初は、大した寒さではないと意気込んでおりましたが、ナイロビ到着後2、3日で諦めて長袖のトレーナーを購入しました。アフリカで長袖のトレーナーを買うことになるとは想像していませんでしたが、この長袖トレーナーは後で滞在した冬のアルーシャでも大重宝でした。

ナイロビには1週間ほど滞在しましたが、会議への出席、保健省スタッフとの会合、駐在大使館への訪問の時間の合間を縫って、ナイロビ郊外にある上司の実家を訪問してきました。実家訪問は今回のボランティアで受け持った仕事とは直接関係は無かったのですが、渡航する前から、上司は私を彼の実家に連れて行きたいというようなことを言っていました。何でも実家のある村は電気も無いところだが、非常に景色の綺麗なところだということでした。特に、自慢の牛の乳を搾って飲ませたいとのことでした(?!)...

ナイロビから車で5時間ほどの上司の実家のある村は、近代的なイメージのナイロビとは一転して、本当に緑以外は何にも無いところでした。村の住民を貧困層と呼ぶべきかどうかは定かではありませんが、決して裕福な村でないことは村の建物、出会った人たちから充分察することが出来ました。それでも、我々が到着するやいなや、どこからとなく集まってきた上司の「家族」は、表情が明るく、礼儀正しいく、非常に親しみやすい人たちでした。さすがに電気もない上司の実家に泊まるのは大変だろう、という気遣いで、村では旅館に泊まりました。なんとなく刑務所を思い出させるその旅館は政府公認一つ星だそうです。高地にあり、朝夕とかなり冷え込みましたが、当然というか、温かいシャワーなどはありませんでした。

「貧困を見なきゃ、貧困削減は語れない」というのは、ボランティア中に上司が口癖のように言っていたことですが、上司が伝えようとしてたことは、貧困層地域に足を運び、そこで実際に生活してみること無しでは、貧困層の視点を貧困削減政策、プロジェクトに取り入れることは難しいということではないかと理解しています。貧しい村で数日生活しただけで、現地の人たちの視点が理解できた、というつもりは到底ありませんが、たとえ僅かでも現地の人たちの生活を体験することは、今後貧困問題を考えるときに役立つような気がします。当たり前のことかもしれませんが、本部勤務になれた私には非常に貴重な体験でした。

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