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2005年10月 3日 (月)

Seeing is Believing(5)愛知万博にて思ったこと。We can’t live without them(工藤真友美)

(前回のコラム「Seeing is Believing(4)―アフリカ開発を考えたとき(後)」)

先日愛知万博で南アフリカ留学時代に出会った友人達に再会した。かれこれ4年ぶりくらいだろうか。4年しかたっていないといえば、そうなのだか、ずいぶんと長い間あってなかったように思える。彼女達は、南アフリカパビリオン内での土産店で働くために、大使館から呼ばれてきていた。ダチョウの卵の工芸品、ワイン、最近は健康ブームで日本でも多少名の知れる存在になったルイボスティー(Rooibos tea)、ビーズの伝統工芸品など。懐かしい品々が並ぶ。

このように、アフリカ大陸の物が日本人の目に触れることはいいことだと思う。普段アフリカを身近に感じる機会はないし、事実、日本人が身近に感じるのはアメリカなどの西洋諸国やアジア圏内の国々であるから。距離的な問題もあるだろう。

しかし、実は身近なところでアフリカ大陸の人々は日本人の生活に関係しているのだ。一番有名なところでガーナのココアだろう。私も大好きである、チョコレート。これの原料の大半はガーナ産である。

日本が南アフリカから輸入していて、私たちの生活にとても身近なものがある。南アフリカは世界有数の金やダイヤモンドの産地としても有名だが、もっと私たちの誰しもが毎日使っているものに関係があるのだ。
それを私が知ったのは、一番初めのホストマザーの会社を訪問したときであった。

彼女は、2人の子供と(プラス当時16歳の私)と夫の世話をしながら、仕事をこなすキャリアウーマンである。私がまず連れて行かれたのは、大きな工場。そして次は、森の中だった。ズールーの彼女の部下が英語がまだよくわかっていない私にわかりやすく言った。「Japan.これがね、あなたの国にいくんだよ。」切り倒された後であろう切り株を指差しながら。彼女の会社は木材関係を扱う会社だった。

南アフリカは日本への木材チップの上位輸入国である。木材チップは紙の原料となる。
私達が毎日使っている紙ははるか彼方アフリカの土地で育ったものが含まれているわけだ。南アフリカの労働者の力なくして、私たちが毎日講義でノートを取ったり書類を印刷できないのだ。

私は驚いたと同時に無知な自分を恥ずかしく思った。日本で当たり前に使っていた紙。一度もまさかアフリカから来ているものだったなんて気づかなかったし、想像もつかなかった。身近な紙と南アフリカがこんなところでつながっていたのだ。

このように、日本で暮らす私たちの生活には、他の国人々の労働によってできたものがたくさんある。言ってしまえば、原料輸入にたよる日本人の生活は彼らの労働なしには成り立たないのである。南アフリカでは管理職クラスは白人だが、たいてい賃金の安い重労働は黒人の仕事である。確実に、輸出品の多くの実質の作業は、黒人たちの重労働によってささえられる。豊かさの時代といわれる、今の日本。ものがあふれている今の日本。その一方で、それらの原料のために働く人々の生活はまだ必ずしも経済的に豊かとはいえないだろう。違和感を覚える、この「モノ」の流れ。

私たちはあまりにも、無知すぎる。ちょっと周りのものがどこからやってきたものかを考えてみて欲しい。意外な所でアフリカと日本はつながっていたりするものだ。私たちにとって、遠い場所ではない。そこには、私たちとは異なる、しかし、とても豊かな文化を持つ人々が暮らしているのだ。そのことをちょっとだけ考えてみてほしい、、、because we can’t live without them!

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