2015年10月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

最近のトラックバック

無料ブログはココログ

« 2005年10月 | トップページ | 2005年12月 »

2005年11月

2005年11月28日 (月)

米国NGOの対北朝鮮人道支援(杉原ひろみ)

(前回のコラム「国際社会の対北朝鮮人道・開発支援開始にいたる歴史的背景」)

前回のコラムでは、国際社会が北朝鮮に対し、どのように人道・開発支援を行ってきたか、その経緯を大ざっぱに振り返った。今回は、米国NGOがどのようにして北朝鮮に対して人道支援を行うようになったのかご紹介する。

1995年8月大洪水に見舞われた北朝鮮は、9月に西側諸国を含む国際社会に対して国際援助アピールを行った。それ以前の米国の対北朝鮮人道支援の主体は韓国系アメリカ人で、宗教的(キリスト教)理念に基づいた活動や、北朝鮮に親戚がいる人たちによる医療・農業支援が中心で、米国NGOとして組織だった支援はなされていなかった。1996年以降、北朝鮮側の国際援助アピールに応えて、米国NGOが本格的に活動を始めた。米国NGO全体の動きは以下のとおりである。

二つのネットワーク組織の設立

1.1996年春「北朝鮮ワーキング・グループ」(North Korea Working Group)の設立
米国NGO連合体「インターアクション」内に設立。発起人はインターアクション人道政策と実践局長James Bishopで、かつてソマリア大使を務めるなど、経験豊富で政府とNGOの双方にネットワークを持つ職員である。余談だが、私がインターアクションでインターンとして働いていた頃、彼が米国NGOの対北朝鮮人道支援の動きを最初に教えてくれた。当グループの設立理由として、フレイク(2003)は「米国NGOは対北朝鮮人道支援に関する情報と経験が欠如していたため、NGO同士が共有する必要があるため。」と述べている。また対外的には、米国内の政治や人道援助コミュニティに対し、北朝鮮人道支援の必要性等を理解してもらうためのアドボカシーを行うためである。

2.1997年6月 PVOC(Private Voluntary Organization Consortium)の設立
米国政府の支援も得てNGO連合が設立された。設立当初、大手の人道・開発NGOであるCRS(Catholic Relief Services)とCAREが米国国際開発庁(USAID)と契約を結び、PVOCの運営管理にあたった。また米国農務省(USDA)からも食糧支援を受けた。こうした連合組織ができる背景に、米国NGOは「飢饉を止めよう委員会」を設立し、クリントン政権や議会に対して北朝鮮人道支援を行うよう働きかけたことがある。
米国NGOにとってPVOC設立の意義は、「北朝鮮ワーキング・グループ」という内輪の集まりから一歩前進し、政府を巻き込んだ公式的な連合を設立することで、自分たちの声がアメリカ政府に届くようになり、アメリカ内外の社会に対してよりインパクトを与えられることだと考えられる。また、連合に加盟する個々のNGOにとって、連合内では規模の大小にかかわらず同等の発言権を持つことが出来、さらに役員メンバーになった場合、自分のNGOでは実現できない諸活動も連合を通じて実現可能になる。

 他方、USAIDの意図として、NGO育成の特徴にも見られるように、開発援助に関わるアクター間で、情報の共有や問題の解決を行えるようなネットワーク団体・コンソーシアムやプログラムに対してUSAIDは資金・技術協力をしている(杉原、2002)。USAIDは北朝鮮人道支援に関しても同様に、POVCに対して資金援助をしたものと思われる。

米国NGOの類型

では、どんなタイプのNGOが北朝鮮人道支援に携わっているのだろうか。フレイクによると、(1)キャンペーン型、(2)米国政府との協調型、(3)キリスト教理念重視の草の根型、の3つに類型化される。

「キャンペーン型」は、一般民衆の共感を得て募金集めを行うタイプのNGOである。一例として、元「ニューズウィーク」記者が「北朝鮮洪水救援」NGOを設立し、インターネットによるキャンペーンを行った。しかし北朝鮮側は、キャンペーンに飢えた子供たちの写真等を広報で用いられることは国際社会に恥をさらすものとして、米国NGOが行ったキャンペーンに反対してきた。

「米国政府との協調型」は、政府と協調路線を取る代わりに、政府資金や物品協力を受けるタイプのNGOで、CAREなどが挙げられる。社会主義国家の北朝鮮にとっては、NGOの概念がなかなか理解できないのに加えて、NGOと政府が協調して活動を行うことにより、NGOとは実は政府の代わりなのかと推察されることとなった。

最後の「キリスト教理念重視の草の根型」は、一般的に政治とは無関係で、小規模で地道な活動を行うことが多いため、カウンターパートである北朝鮮側の担当者と信頼関係を結ぶことも可能で、最も直接的かつ効率的で、成功を収めている。具体例として、医療支援プロジェクト等を行うThe Eugene Bell Centennial Foundation(EBCF)は草の根型の小規模NGOが好例として挙げられている。代表者が韓国・北朝鮮地域研究者で、ワシントンDCでの政治的駆け引きにも精通していることも影響しているのではないか。

なおナチオス(2002)は、アメリカ国内での北朝鮮人道援助に関わるアクターとして、韓国系アメリカ人の役割にも注目している。ただし、これはワシントンDC内の政治的駆け引きやアメリカ外交面でを重視した意見なのではないか。他方で北朝鮮は、韓国系アメリカ人を同胞と言うよりむしろ「敵国アメリカ人」とみなしている。今後、韓国系アメリカ人のアメリカ内部での位置づけを調査し、更に彼らがどうやって韓国や周辺諸国との調整を行っているのか注目する必要がある。次回コラムでは、世界のNGOの対北朝鮮支援の動きについてご紹介する。

参考文献
●L. Gordon Flake. 2003. “The Experience of U.S. NGOs in North Korea.” L. Gordon Flake and Scott Snyder (eds.). Paved with Good Intentions – The NGO Experience in North Korea. London: Praeger.
●杉原ひろみ、2002、「NGOとドナーとのパートナーシップ―米国国際開発援助庁(USAID)とNGOとのパートナーシップを事例に」、第13回国際開発学会全国大会。
http://www.developmentforum.org/Articles/NGO-Donor.pdf
●A.S.ナチオス、2002、「北朝鮮飢餓の真実」(古森義久監訳)、扶桑社、256-259頁。 

バックナンバー

2005年11月14日 (月)

行動変容へのあくなき挑戦(位田和美)

(前回のコラム「エイズ予防活動のその後」)

セネガルへ赴任してから1年半が経過した。ここにきて「啓発活動」の限界を感じ始めている。疾病予防活動にしろ、就学促進活動にしろ、活動開始当初は村人にいかに「聞いてもらうか」「知識を得てもらえるか」を主眼に置き、楽しみながら活動することを一番のモットーとしていた。しかしながら、知識伝達がある程度達成できたと感じられる現在では、もう一歩踏み込んで村人の「行動変容」への動機づけを目下の目標としている。

そんな折、友人の紹介で州衛生局の副局長と知り合いになった。この副局長は数々の研修を受けた上に実地経験も積んでおり、お話上手でかつ聞き手の的をついている。そこで、悩みの種の課題を相談させていただいたところ、懇切丁寧に行動変容理論を説いていただいた。大変興味深かったので、以下に紹介させていただくことにする。

曰く、人間が何か行動を起こすには8つのステップが必要である。
1. 知識: 行動(習慣)と問題の因果関係を認識
2. 関心: 個人的信条や他の人の意見に基づき、行動を起こそうとする態度/素振り
3. 決定: 行動しようとの意志決定
4. 試行: 薦められる行動を取ろうとする第一段階の試行
5. 放棄: 試行(行動)しても成果が見えないことからくる、中断の意志決定
6. 維持: 行動継続/再試行
7. 再放棄:行動を継続しようか否か迷いつつも、再中断
8. 採択: 恒久的な行動継続
ただし、1-8までスムーズに進むのではなく、各段階間を行ったり来たりもするものである。

なるほど、上記のように理論立てて説明を受けてみれば、非常に合点がいく。また、上記に沿って今までの啓発活動を位置づけてみると、まだほんの第一段階であることが整理できた。そして現在進行形の活動では、第二段階の「関心」のきざしが見えてきており、3「決定」へ向かうべく一生懸命働きかけているところであることがわかってきた。この理論を知らない頃、自身の勝手な感覚では、恐れ多くも現状は6「維持」か7「再放棄」あたりかと思い違いをしていた。やはり論理的検証は何事にも必要不可欠である。

さて、このように整理できたところで、一言で「行動変容が課題」と言ってもさまざまな段階があることがわかり、現状の課題もより明確になってきた。まず、2「関心」の段階で重要なのは、個人個人の認識や関心を形にする際の強力なサポートとなる村全体の連帯感と組織力であろう。その後の3「決定」や4「試行」は個人個人に委ねられるが、ここで外部者にできることと言えば、5の「放棄」に至る動機づけの軽減であろう。それは保健分野を例に挙げるならば、保健状況向上の実現にかかるコストの削減、現金収入向上(収入手段の確保および多角化)、労働負担の削減に伴う保健状況向上にかける時間の創出ということが考えられよう。残り任期の半年間は、かなり長期的な目で見たときの最終目標としての8「採択」を見据え、理論上予想し得る課題を先回りして考え、村人と共に準備していきたいと思う。

バックナンバー

« 2005年10月 | トップページ | 2005年12月 »