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書籍・雑誌

2006年8月21日 (月)

「フューチャー・ポジティブ」を翻訳して(1)(杉原ひろみ)

2006年7月23日朝6時過ぎ、3歳の娘に起こされて一日が始まった。でもその日はいつもの朝とは違った。緊張しながら日本の実家の郵便ポストから新聞を受け取ったのだ。その数日前、出版社の編集者から連絡が来て、朝日新聞書評欄に、「地球に乾杯!NGO」執筆者の仲間と共同翻訳した本「フューチャー・ポジティブ」が取り上げられると聞いたからだ。

「うわー、本当に私たちが一生懸命に手がけた本が写真入りで紹介されている。しかも、伝えたかったメッセージが評者にちゃんと伝わっている!!」

前月にも、フジサンケイビジネスアイ(日本工業新聞社2006年6月19日付)で書評が掲載されたが、朝日新聞という全国紙で、しかも写真入りで取り上げられるとは考えてもみなかった。仲間と一緒に手がけた翻訳が印刷され、ハードカバーの本として出来上がっただけでも嬉しかったのに。5年分のやる気をもらった気がした。

今回のコラムでは、私個人の「フューチャー・ポジティブ」翻訳動機について書いてみる。

「開発援助って本当に必要なの?」

自分自身が国際協力の実務界から距離を置くようになって初めて、真剣に業界外の人の声に耳を傾けるようになった。私の友達には、国際問題に関心を持ち、問題意識の高い仲間も多いし、実際にプチ・ボランティアを私生活で行っている仲間もいる。彼女らにはちゃんと考える頭がある。その彼女らの懐疑的な問いかけは私の心に深く突き刺さった。

開発援助の担い手が集まる勉強会で、どうしたら幅広い国民から共感を生む援助ができるか議論される時、必ず「メディア」をどうやって巻き込むかが話題に挙がる。かつてワシントンDC開発フォーラムのBBLでもそうしたことが話題になった。

しかし、「メディア」の一つの新聞だが、開発援助関連では、汚職や談合といった事件記事か、熱血ヒーロー的な人物を取り上げた情熱的な記事がほとんどで、開発援助とは何か、なぜ国際協力が必要なのか、といった根本的な問いに対し、真っ向から答えた読み応えのある記事が少ないという印象を受ける。

開発援助を担う政府や国際機関も広報の一環で開発援助紹介をしているが、それはあくまでも紹介記事に過ぎず、貧しい国のA村に対し、私たちの機関はこんなプロジェクトを実施して成功しました、といった美談が多い。しかし援助の現場では美談など少ない。むしろ泥臭く、失敗の連続である。そうした泥臭い一面を紹介した方がよほど彼女らの疑問に対する答えのヒントを与えることになるのだが、広報である以上、それは難しい。

さらに、草の根レベルの開発支援は、労力投下のわりに予算消化が出来ず、また裨益住民の数も少ないなど、援助する側の勝手な理由もあり、実際の政府開発援助全体に占める割合は微々たるものに過ぎない。それなのに、一般の広報では、そうした草の根レベルの支援プロジェクトが大きく取り上げられるという矛盾もある。それ自体は悪いことではない。しかし、草の根レベルのプロジェクトと、新聞で掲載される大型プロジェクトの汚職や談合事件との接点が全く見えてこない。

そんな中、経済学者が書くような経済開発一辺倒の議論でもなければ、社会開発学者が主張するような「木を見て森を見ず」的なミクロな議論でもない、一般の人にもわかるような書物があってもいいじゃないか。そう思うようになったのだ。そんなとき、「フューチャー・ポジティブ」の翻訳出版の話がわいてきたのである。

「速い方がよい、大きいほうがよい、そして速くて大きいのがベストであるという前提が正しければ、十分な数のプロジェクトがあれば世界の貧困問題は解決できるだろう。しかし開発という「ぬかるみ」においては、これらの前提は通用しない。重要なのは、人々がこのぬかるみを通り抜ける方法を探し出す力であり、人々が自分たちではできないことを実現させる組織・制度の存在である。」(pp.105より抜粋)

この本は、開発援助の歴史や問題点を綴った上で、個人個人が、そして組織が何をすべきかを示唆し、「援助する側がまず自らを変えること」を何より強調しているのである。

マイケル・エドワーズ著「フューチャー・ポジティブ -開発援助の大転換ー」(日本評論社)

バックナンバー

2006年7月24日 (月)

「フューチャー・ポジティブ-開発援助の大転換-」書評

「地球に乾杯!NGO」コラム執筆者が参加した翻訳本「フューチャー・ポジティブ-開発援助の大転換-」が、フジサンケイビジネスアイ(日本工業新聞社)と、朝日新聞で書評されました。

●フジサンケイビジネスアイ(2006年6月19日付)
国際社会の貧困やテロリズムに立ち向かうための、国家・企業・市民が連携した「グローバル・ガバナンス」的アプローチが期待される中で、あるべき国際支援とは何か、これまでに見えてこなかった姿が見えてくる、と評しています。
http://www.business-i.jp/news/book-page/debut/200606190010o.nwc

●朝日新聞(2006年7月23日付)評者:酒井啓子(東京外国語大学教授)
国際援助は、他者への施しという優越感を払拭することによって初めて「他者を適切な形で助けることができる」という原著者の意見に賛同し、個人個人が、自分の立ち位置で何が出来るか考えることが必要だと述べています。
http://book.asahi.com/review/TKY200607250384.html

アマゾンへのリンク:
マイケル・エドワーズ著「フューチャー・ポジティブ 開発援助の大転換

2004年11月 8日 (月)

国際協力でのキャリア・ビルディング(1)『国際協力を仕事として』から(杉原ひろみ)

「地球に乾杯!NGO」をご覧になった読者の方々が用いた検索エンジンでのキーワードを元に、以前掲載したコラムを厳選してお送りいたします。
第7回:キーワード=「国際協力の仕事

 プロフェッショナル・キャリアをどう築いていくか?私はその時々に考え、最終的には自身の嗅覚を信じ、信念を貫いて今日までやってきた。しかし人生の岐路に立たされる時、いつも読み返す本が『国際協力を仕事として』(西崎真理子他著、彌生書房)である。

 96年春の留学時、日本人の留学仲間が貸してくれたのがこの本だった。国際協力の第一線で活躍する30代女性12人の援助活動体験記である。開発援助や人道援助の仕事に携わり、その後の人生をどう歩んでいるか?国際協力の最前線で働き続ける女性、結婚して転職した女性、夫の赴任地(途上国)に同伴し、そこで活躍する場を切り開いた女性など。当時の私は、いろいろな生き方があることに新鮮な驚きと希望を感じた。また、仕事と家庭生活との両立をいかにするかといった人間臭い視点が含まれ、どことなく親しみを感じた。

 この本が出版されて7年。その間、曲りなりに私も途上国で国際協力の仕事に携わる機会に恵まれた。結婚して家庭も持った。そしていつの間にか当時の彼女らと同じ年代に入っている。それでも私にとって彼女らは遠い憧れの存在だった。しかし、ワシントンDCに暮らすようになり、偶然、著者の一人にお世話になった。本を読んで想像した彼女は、もっと大きく強く、風を切るように颯爽と歩く女性だった。しかし等身大の著者はごく普通の気さくな日本人女性で、しなやかに生き、余裕が感じられ、ほっとするような人だった。

 いつまでも本を傍観するのではなく、自分のものとして引きつけ考える必要があるのではないか?先日、改めて読み返してみて、生意気にも思うようになった。

 私がこの本を高く評価する理由は2つある。一つは、キャリアを目指した動機、それを実現させるための準備、実現してみて思ったこと、挫折など、12人の著者全員が誠意を持って語っている点である。十人十色な生き方を提示してくれることで、読者は部分部分を抽出し、自分が抱えている問題と照らし合わせて考えることが出来る。国際協力の仕事に就くこと自体をゴールとした本や体験記が多く、うんざりするだけに、この本は7年経っても色あせることがない。

 少し話がそれるが、この事例を挙げるという方法がいかに有効かは、途上国の現場でプロジェクトを多数抱えていたとき感じた。政策形成者はとかくプロジェクト運営の「マニュアル化」にこだわる。しかし実際には、内部・外部要因、環境、その時の偶然性などが左右し、マニュアルを作成してもその通りに行かない場合がほとんどだ。むしろ役立つのは、マニュアルより具体的な成功・失敗事例を示されることである。

 プロフェッショナル・キャリアをどう築いていくか?という問いに対して、この本は十二分すぎるほどの答えを示し、同時に「How To本」など小手先の情報は役立たないことを示唆してくれる貴重な本であると思う。

 次回は、私がこの本を高く評価する理由その2「女性のキャリア・ビルディング」について触れることにする。

(本コラムは2002年11月25日に掲載しました。続きはバックナンバーでご覧ください。)