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NGOの課題

2005年9月11日 (日)

「米国政府とNGOの対北朝鮮人道援助」を研究し始める訳(杉原ひろみ)

9月から2歳4ヶ月になる娘が幼稚園に通い出し、アメリカ社会の荒波に飛び込んだのを契機に、私は再び研究活動を本格化させることを固く決意した。もっともこの4月から日本の大学院博士課程に籍だけは置いていたが。

なぜ私は「米国政府とNGOの対北朝鮮人道援助」を研究しようと思っているのか。第一に、私がこれまで暮らしてきたジンバブエとワシントンDCで感じてきた「政府とNGOのパートナーシップ」について、論理的に理解したいからである。ジンバブエでは、NGOが型にはまらない組織形態を持ち、柔軟性ある活動を行っていた。その反面、NGOの特徴とも言うべき多様性を十分に生かしきらずに政府開発援助を実施するケースが多々見られた。

「援助は現場で起きている」のが本来あるべき姿であるが、実際にはまだ、先進国や国際機関本部のロジックに沿った援助が行われている。私がジンバブエの現場で働いていた時、先進国本部の人の動きや政策決定に至る過程がわからず、なぜこのような政策が存在するのか、また、逆に本部とどのような関わりを持ったら、現場の声を反映できるのか、疑問に感じたものである。

しかし、ここワシントンDCに居を移して初めて、米国における人の動きや、政策形成・決定方法、お金の動きが見えてきた。中でも政策形成段階で、政府やNGO、アカデミック、シンクタンク、教会などが、組織の枠を超えて個人レベルで、激しい駆け引きをしているのである。政府から資金援助を受けず独立して活動しているNGOも、水面下で政府をはじめ、さまざまなアクターと関わりを持ち、パートナーシップを築いている。そうした事実を積み上げることで、ここワシントンDCでは、一体どのようなメカニズムで、どのように組織や人が動き、政策が決定され、開発途上国の現場が動いているのかを明らかにしたい。

第二に、大学時代に専攻した朝鮮半島地域研究と、これまでやってきた開発援助を融合させ、一つの論文を仕上げることは私の長年の夢であり、それを実現したいと思ったからだ。たしかに日本国内ではミクロレベルでの韓国・北朝鮮研究は層が厚い。また、中国研究の専門家が北朝鮮研究を始める場合もあり、中国における北朝鮮研究を伺い知ることもできる。現に、大学時代に机を並べた仲間たちが、現在に至るまで、コツコツと研究を続けており、私のように巡り巡って朝鮮半島研究に戻ってきた者と違って、研究の奥行きも迫力も違う。

しかし米国の対北朝鮮援助を開発援助の分析手法を使って研究する日本人はほとんどいない。北朝鮮の人道・開発援助を研究する場合、実は米国の動きを追うことが極めて重要である。一見、固く門を閉ざしているように見える北朝鮮だが、1990年代以降、国際情勢の変化や天災等により、徐々に北朝鮮と、NGOや国連機関、先進国等の双方から働きかけがなされている。世界の開発援助の潮流に合わせて、どのように北朝鮮への人道支援の方法が変わっているのか。その変化から21世紀型の国際協力のあり方が見えてくるのではないかと考えている。

皮肉なことに、私がかつて仕事をしたジンバブエも独裁政権が25年続いている。米国の対ジンバブエ人道援助と北朝鮮援助は類似点が多いのではないか。今後、研究を進める過程で、ジンバブエでの経験を北朝鮮にも応用できたらと思っている。

以上が研究を始める理由である。次回は先進国政府や国際機関の対北朝鮮人道支援の歴史を振り返ってみる。

2004年10月 3日 (日)

スコットランドNGOネットワーク、NIDOS訪問記(松尾沢子)

今年7,8月の2ヶ月間、グラスゴーにあるNIDOS(Network of International Development Organisations in Scotland www.nidos.org.uk)にお世話になった。インターンという形で、専従コーディネーターのFionaとスコットランド議会から出向できているポリシーオフィサーのDhanaの日常業務を補助しながら(NIDOS事務局は実質この2人のみ)、英国の地域ごとのNGOネットワーク組織の活動について理解を深めることが目的だった。あいにく夏休み時期と重なり、予定していた会員団体へのインタビューは40団体中18件と半数を割ったが、Oxfam ScotlandやSave the Children Scotlandといったロンドンに本部のある大手英国NGOのスコットランド支部ではなく、同地に本部を置く団体中心に話を聞けたので、「スコットランド」ブランドの意味を考えるよい機会となった。以下簡単に英国のなかでも、イングランドでもウェールズでもない同地のNGO事情をご紹介したい。

NIDOSの会員は現在40団体。スコットランド内の全てのNGOを網羅しているわけではないが、2001年の設立当時、現地のスコットランドのNPO/NGOへの助成金を行う金融機関の財団が、国際協力部門への応募条件にNIDOS会員資格を求めたことから、当時活動していた大半の団体が会員となり、以後着実に増加している。90年代はBONDしか選択肢がなかったが、今は身近に同一情報にアクセスできるという理由で、BONDからNIDOSへ移動してくる団体もいる。

JANICの国際協力NGOダイレクトリーのように業務形態別のデータを取っていないので、正確なことはいえないが、団体概要とインタビューから、40団体の大半はサービス供給(含むボランティア派遣)、開発教育、研修事業に従事しており、アドボカシーや調査研究も若干見られた。国内での大規模なサービス供給活動をもつ一部団体(赤十字など)を除いた会員の平均スタッフ数は5.19人。しかし70%近くは5人以下で活動している。全会員の半数強の22団体がスコットランドに本部を置くNGOとなる。会員区分でみると彼らの大半は中小規模で、やはり大規模会員はOxfamや赤十字などのロンドンに本部を置く全国規模の団体となる。

ネットワークとしての歴史はロンドンにあるBONDに比べまだ浅く、会長(現時点ではOxfam Scotlandの事務局長)を中心にその存在目的を見直している最中であった。スコットランドのNGOがロンドン中心の政策決定や資金源へより効果的にアクセスすることを確保するための活動(政策決定者との定期的コミュニケーション、審査に耐えうるプロポーザルを書く能力なりマネジメント能力を身に着けるための研修実施など)か、或いは、スコットランド社会での知名度向上や英国ODAなりEUの援助政策への影響力行使のためのアドボカシー活動をするべきか。目下会員の意見を聴取している最中で、向こう1年程度かけて総会や運営員会で議論される予定とのことである。

同時に来年スコットランドのGleneagleで開催されるG7/8サミットに向けたキャンペーンであるMobilisation 2005にスコットランドのNGOが参加しなくては!という意気込みが一部の会員に強く、全会員によるコンセンサスそっちのけで、NIDOS事務局が実務面で対応するという状況でもあった。この理由として、現会長はMobilisation 2005はスコットランドのNGOの知名度向上と政策提言での発言力強化の2点で意義のある活動だからこのような状況も致し方ないとの意見だった。私もこの点には同意するものの、インタビューした中小規模の会員の多くが、ロンドン主導の本キャンペーン及び大手団体の独裁的アプローチに懐疑的であることを考えると、逆にNIDOSのようなネットワークの求心力が落ちる可能性も否定できなかった。

最後にNIDOSでの2ヶ月間で印象に残った言葉を二つご紹介したい。ひとつはスコットランドに本部を置くある中規模NGO代表の言葉。“We are one of the few NIDOS members who can appeal to the Scottish society for doing “Scottish-owned” development project. People like that and we also like it as it also leave space for us to appeal as “British NGO” in elsewhere too”(我々は「スコットランド」自前の開発プロジェクトをしているとスコットランドで宣伝できる数少ないNIDOS会員だ。人々はこのことを評価している。また我々は「英国NGO」という肩書きでも、ドナー(例えばEU、国連機関など)にアピールできるので二重に好都合である)

つぎは途上国出身のスコットランド人(例えばインド系、アフリカ系の人々)が主体的に行う開発教育プロジェクト案がある団体代表の言葉。”I think some people still think that development education is the privilege of white-British and there is no space for black and ethnic minority group to participate who is also part of Scottish society.”(一部開発教育関係者は、開発教育はいまだ白人英国人の専売特許だと考えている節がある。そこにスコットランド社会の一員であるアフリカ、アジア系などの非白人英国人の参加の余地はない。)

前者は二つのアイデンティティをもちうるスコットランドNGOの強み、後者はスコットランドの中の多人種・異文化共生の課題を考えさせられる言葉だった。

2004年8月29日 (日)

パートナーシップは誰のためか(下澤嶽)

 連携する組織との関係を表わす言葉に「パートナーシップ」がある。仕事をする仲間と対等で平等な関係を築くことを多くの場合は意味する。国際協力の世界では、現地プロジェクトだけでなく、実施団体の運営能力強化も支援する意味合いを持つこともある。

 日本の行政が「市民グループとのパートナーシップでNPOセンターを実現する」とかもそうだし、外務省の広報資料にはNGOとの「パートナーシップ」があふれている。JICAが1999年に開始したNGOとの連携事業名は「開発パートナー事業」だった。そこには信頼に基づいて対等に働きあえる仲間という意味が込められているようだ。また北のNGOが南のNGOと仕事を組む場合も、よくこの言葉を使うようになった。しかし、南のNGOたちの北のドナーへの不満は減ってはいない。依然として北のNGOの多くが「ドレンディな開発アジェンダへの関与」を続けながら、「プロジェクトのフェイズアウト」を気にしていることに変わりはない。

 推測だが、パートナーシップという言葉はどうもお金を出す「強い立場」にいる方が盛んに使う傾向がある。お金を出す側ということは、お金を出して仕事をさせる側の方のことである。強い立場からの不必要な関与を戒めるということなのかもしれないが、パートナーシップの基準を明確にしたものは当然ないし、実施段階で発生する様々な決断や摩擦、軋轢の際に、どう対等に対処するか明記されたルールやマニュアルは少ない、というかあまり聞かない。

 3年ほど前のNGO・JICA定期協議会で、協議会が互いの「パートナーシップ」の関係に基づいて進められるという基本原則を文章にして残そうという議論があった。これは2,3年後ごとにNGO・JICA定期協議会のJICA側担当者が変わるため、その度にNGO対する理解や会議のあり方が微妙に変わるため、基本的なNGO・JICA定期協議会の意味やそこにおける双方の対等性を明記したいというNGO側からの要請だった。つまりNGO・JACA定期協議会におけるパートナーシップのより具体的なマニュアルをつくろうというわけだ。当然JICA側は文章化についてはかなりの難色を示し、実現はできなかった。もし文章化したならばJICA内部で内容の承認をめぐって大変な騒ぎになっただろう。

 多くの場で使われている「パートナーシップ」はその場を取り繕うため「対等さ」をかもし出す以外の意味はなく、そこにはお金を出す側の論理と、受ける側の都合が存在することを忘れてはいけない。そしてお金が出す側の方は基本的にその関係を管理できるパイプをたくさん持っており、強い立場であることは明白な事実だ。

 何もかも対等でなければ連携は意味がないとは思わないが、すっかり「対等」な気分にNGOもなっているとしたら大間違いだと言いたい。また北のNGOはそういった関係を南のNGOとの間でも持っていることになる。そこに「パートナーシップ」言葉をキイワードとして使っているとしたら、それがあなたの団体にとってどういう意味なのか、具体的なマニュアルづくりをまずやってみよう。

2004年8月22日 (日)

あるアドボカシー担当者との出会い(松尾沢子)

「資金がないのはいいことだ。その分、相手を説得することに集中できるから。」今年6月初めから一ヶ月間、英国の国際協力NGOのネットワークであるBOND(www.bond.org.uk)を訪問した。世界的に有名なOXFAMやActionAidといった大手から活動歴10数年でもようやく組織化できたという小規模団体まで、英国のNGO業界のネットワーク化、能力開発、そして業界全体としてのアドボカシー活動の促進に務める同団体でのひと月は、私にとって英国NGO業界の内実を垣間見る機会となった。多くのNGO関係者の話を聞き、意見交換をした中で、一番印象に残ったのが冒頭の一言である。

この発言を聞いた場所はSouthern Advocacy Groupと称されるBONDメンバーなら誰でも参加できる自主勉強会。同グループの趣旨は、途上国のNGOによるアドボカシー活動を効果的に支援する際の先進国NGOの役割を考えるということ。具体的には年4回程度集まり、南北それぞれでアドボカシー活動をしている団体の交流、途上国でのアドボカシー活動にかかるスキル向上、BOND会員団体のこの分野への参加促進、そしてこの分野での好事例を共有することを目指している。

発言の主はとある中規模会員団体のキャンペーン・アドボカシー担当者。当日の会合のケーススタディのひとつとして、彼女の団体がいかに主にアフリカで学生を中心としたボランティアを草の根運動家として育成し、彼らを通じて当該社会でのエイズや教育問題にかかる議論の活発化を進めているかを紹介した後の一言である。

彼女が属する団体は生活改善に向けた保健衛生関係のサービスデリバリーもするが、近年は英国と途上国の若者の創意工夫と草の根レベルへのアクセスの良さ、更にはその動員力に期待して、開発問題への関心の向上及びボトムアップ方式での具体的な解決策の提案をするというアドボカシー活動が主流となっている。ただ組織としてはBOND会員区分では「C」、つまり年間支出が50万英ポンド(約1億円)以上、200万英ポンド(約4億円)以下という中規模団体となる。ちなみに同区分の最小規模は年間支出10万英ポンド(約2千万円)以下、最大規模は同支出が2000万英ポンド(約40億円)以上となる。英国でも日本と同じで、なかなか団体の管理費までを支援してくれるドナーはいない。また半永久的に支援が続くことが期待できる会費や募金などの財源を十分に確保している団体も限られており、一部大手を除きどの区分の団体も自転車操業で活動している。

そんな中で「資金がないのはいいことだ。その分、相手を説得することに集中できるから。」と言い切る姿勢に感心した。そもそも資金に限らず何らかの支援或いは賛同を潜在的ドナーであるが関心のない人たちから得るためには、相手に興味をもたせ、かつ納得のいくまで説明をしないといけない。団体の理念、活動の目的、手段、経費規模、期待される効果に始まり、誰が敵か味方か、誰がリードするのか、そしてなぜ自分が参加しないといけないのか等など、想定問答集はいくらでもできる。結果的には相手の関心の度合いを測りながら臨機応変に対応していくことになるが、その過程は実は自らの活動をより精査する過程であり、最終的には彼らの活動の正当性を高めてくれるということを彼女は知っている。またこのプロセスは、相手側に活動の意義、また関わった団体のスタッフやボランティアには自分たち個々人ができることを、それぞれ確信させてくれる。この「確信」を得ることができれば、アドボカシー活動の次の目的である行動変容(或いは参加)への道が開けるということを信じてもいるのだとも思った。

今まで出会ったいわゆるアドボカシー担当の中には、アドボカシー活動のなかでも、世間の関心を集め、資金確保のための具体的な方策にのみ力を入れていると見受けられる人もいた。メディア露出度や目標集金額達成に一喜一憂する彼らをみて、アドボカシーってなんだろうと首をひねっていた私に、彼女とSouthern Advocacy Groupの会合はひとつのあり方をみせてくれた。彼女の前職は民間企業の営業担当とのこと。団体の資金や人手不足を営業で培った能力で補いつつ、関わった人々の共感と参加を得ながら途上国の貧困問題に取り組む今の仕事が好きだという。その生き生きとた姿は実に気持ちのよいものだった。

2005年は英国の国際協力関係者にとって重要な年である。スコットランドでのG8サミット開催、年後半のEU持ちまわり議長担当、ボブ・ゲルドフが中核となったLive Aidの20周年、MDG達成度の中間評価会議といった諸々のイベントが同時に起こる年である。また現首相と財務大臣共に「開発」と「アフリカ」が、同国が議長を務める会議での主要課題と明言している。英国社会の開発問題やMDG達成への関心と具体的な参加を促すのに、この好機を逃してはならぬと英国NGO業界は大いに息巻いている。既存の債務救済、エイズ、政策一貫性、環境などの個別キャンペーンも巻き込んだ、“Mobilisation 2005”と呼ばれる一大アドボカシー活動が現在着々と形をなしている。具体的には、2005年一年間を通じて、開発の諸問題を英国民に投げかけ、貧困削減に必要な手段(例えば貿易ルールの変更、債務救済、ODA増額など一連の国際的約束の英国政府による履行など)を、英国そして国際社会のステークホルダーたちに要求することを狙っている。BONDメンバーのNGOに限らず、英国社会の様々な団体(宗教関係、教育や人権団体、労働組合など)も参加することから、メッセージが散漫にならないように共通のスローガン(”Make Poverty History”)や行動案づくりも行われ、徐々に全容が明らかになりつつある。

この夏から来年一杯18ヶ月間の予定で繰り広げられるこのアドボカシー活動を支えているのは、冒頭の弁を述べた彼女のようなアドボカシー担当者である。Mobilisation 2005も潤沢な資金があるわけではなく、参加団体それぞれができる範囲での持ち寄りとなる。スローガンのとおり貧困を過去形にするために、どれだけ関係者が一丸となり、同時に「ただ乗り」を許さないequal burden and result sharingの精神と規律を維持しつつ活動を展開できるかどうかが成功の鍵となりそうだ。このキャンペーンはG8各国を中心に英国内に留まらず世界的に展開される予定であり、本邦NGOのアドボカシー担当者が彼らと共に活動する日は案外近いかもしれない。日本でどのようなアドボカシーが展開されるかもあわせ引き続き注目していきたい。
追記:現在はBONDNに引き続き、NIDOS (スコットランドの国際協力NGOネットワーク、www.nidos.org.uk) 訪問中

2004年8月15日 (日)

アメリカNGOのアドボカシー活動(杉原ひろみ)

「地球に乾杯!NGO」をご覧になった読者の方々が用いた検索エンジンでのキーワードを元に、以前掲載したコラムを厳選してお送りいたします。
第3回:キーワード=「アドボカシーとは

 政治の街ワシントン。開発NGOにとって「アドボカシー」の本拠地を意味する。ワシントンに暮らし始めて何度となく「アドボカシー」「ロビーイング」という言葉を聞くようになった。私はアメリカの政治が専門ではないので、読者で知っている人がいたら是非とも補足・訂正していただきたい。

 アドボカシーとは、政府に働きかけて市民の声を政策に反映させること、その場合、NGOは市民と政府の仲介者である。アメリカの開発NGOの全てが「アドボカシー」をしているわけではない。また、ワシントンにあるわけでもない。しかしワシントンに事務所を構えるNGOの多くはアドボカシー担当のスタッフを配置している。いやアドボカシーをするためにワシントンに事務所を構えていると言った方がいいかもしれない。EU本部のあるブリュッセルのように。

 では誰がやっているのか?アメリカNGOの場合、Government Relations,Public Policy,Communications, 等の部署にいるスタッフがアドボカシーを担当している。なぜか中年女性が多い。そして生保の外交員おばちゃん風でおしゃべりだ。彼女らは決まって外交・国際関係を扱う上・下院委員会や小委員会スタッフ経験者である。アメリカの場合、法律を策定させることがNGOの目的の実現や目標の達成に有効である。そして法の成立過程を知っている彼女らは、NGOがどのようにアドボカシーをすれば効果的か熟知している。

 次に、誰に対してアドボカシーを行っているのか?彼らの活動を見ている限り、アドボカシーは、主に①上下院の委員会・小委員会、および議員、②草の根レベル(市民や地元議員、議員立候補者など)、の2つに対して行われている。①の場合、以前紹介したが、インターアクション・フォーラム3日目のロビー活動もその一つである。②の具体例として、国内NPOであるが「AARP」(全米退職者協会)は、選挙前、AARPの政策とその必要性を、市民・地元立候補者の双方に、ダイレクトメールなどで分かりやすく訴え、教育している。両者が政策に共感し、立候補者が当選して議員になった場合、AARPの声が市民の声として議会まで届けられることになる。

 このようにしてアメリカのアドボカシー活動は行われている。日本では?イギリスでは?EUでは?と気になるところである。NGOの世界銀行に対するアドボカシーはもっと複雑な経路をたどる。いつかご紹介したいと思う。

2004年8月 8日 (日)

グァテマラでのNGO向けCSR(企業の社会的責任)にかかるセミナー(上岡直子)

 5月にグァテマラに出張した際、NGO向けに企業の社会的責任をテーマに扱ったセミナーに参加した。これは、USAIDグァテマラと、企業に対し、社会的貢献に関して、情報提供や研修活動等を実施しているグァテマラの団体、CentraRSEの共同主催によるもので、USAIDグァテマラが、地元のNGOと企業が積極的に連携を図るのを促進する目的で開催したようである。グァテマラのNGOの代表者百名近くが参加しており、NGOによるこのテーマへの関心度は高いものが見られた。

 USAIDグァテマラがこのようなセミナーを開催したのには、近年のUSAIDのPublic-Private Partnership強調の背景がある。米国から途上国向けに、開発援助関連で流れた資金のうち、米国政府によるODAが占める割合は、30年前に7割以上であったのが、現在では2割に過ぎない。大半の資金源は、財団、企業、NGO、宗教団体、学術機関などである。そこでUSAIDは、企業やNGO等の民間の資金をも活用しながら、同組織の事業を実施するべく、Public-Private Partnershipをここ数年間盛んに唱えだした。

 そして、2002年7月には、国務長官Colin Powellが、USAIDによりGlobal Development Allaiance (GDA)のプログラムが新たに設立されたことを発表。このGDAは、政府、企業、市民社会団体が alliance(同盟)を結び、おのおのが各自の経験や専門性、および資金を持ち寄って、持続的な開発を目的とする事業を実施することを奨励するスキームである。そのメカニズムはというと、NGOや企業等2団体以上の同盟による共同事業に対し、相応しいと判断したものには、USAIDはGDAから1対1のマッチングファンドをつけて、その事業を支援している。これまでGDAに参加した民間団体のリストを概観すると、Bill & Melinda Gates Foundation, Hewlett-Packard, Johnson & Johnson、石油会社、金融関連会社が名を連ねている。米国でおなじみのHome Depotや IKEAもリストとに含まれているが、どのような形でGDAに関わったか、興味が沸くところである。参加企業は、名前だけで判断すると、大多数が米国または多国籍企業のようだが、いくつか途上国の企業も含まれているようだ。GDAに参加したNGOも、国際NGOが殆どのようにみられるが、途上国のものもちらほら見られる。また、USAID以外の公的組織も共同事業に巻き込めば、GDAのパートナーとみなされるようで、世界銀行のようなマルチ、JICAも含めたバイの援助機関、および途上国の政府機関や公的団体もリストされている。現在、企業や企業財団によっては、社会的貢献に費やす資金がとてつもなく大規模になってきており、例えば、Bill & Melinda Gates Foundationが、global healthとして毎年拠出する資金は、WHOの年間予算より多いといわれている。これらの資金に目をつけ、ちゃっかり活用してしまっているUSAIDに、改めてびっくりである。

 ところで、グァテマラでのCSRのセミナーに戻ると、企業の社会的貢献の定義や、企業とNGOの連語の意義といった概念的なことが中心で、具体性に欠けていたのが残念だった。グァテマラにおいては、コーヒー製造団体によるFunrural、また砂糖製造団体によるFundazcarをはじめ、幾つかの民間財団が、教育やコミュニティ開発関連の活動支援をしている。他にもそういった民間団体や地元企業があるのか、また、慈善目的で資金を提供するだけでなく、実際にNGOとパートナーシップを組み、共同で事業企画や事業実施をしたり、地元の人々の福利のためにいかに企業責任を果たせるか、NGOと協議したり政策を共同で作成したり、といった真の意味でのallianceが進んでいるのか…。このセミナーが、グァテマラの企業とNGOのパートナーシップの実例とその内容に重点を置いてくれればよかったのにと思う。

 私の次回のコラムでは、World Learningのグァテマラの二言語教育のプロジェクトが、グァテマラの企業や財団といかに連携を組もうと試みたか、その成果とチャレンジはいかなるものかということについて、紹介したい。

2004年7月11日 (日)

NGOとは(黒田かをり)

(「地球に乾杯!NGO」をご覧になった読者の方々が用いた検索エンジンでのキーワードを元に、以前掲載したコラムを厳選してお送りいたします。第1回:キーワード=「NGOとは」)

 「地球に乾杯!NGO」に寄せられた読者の方からのお便りの中に、「NGOの定義」についてのお問い合わせがあった。今回は、この場を借りて、「NGO」あるいは「類似語」の定義について、私の理解する範囲で整理してみたい。

 まず日本における一般的な解釈だが、国際協力NGOセンターが1年ごとに出版している国際協力ディレクトリーの2002年版の冒頭に、「NGO」という用語について~その概念と解釈~についてわかりやすく説明されている。引用すると、NGOは、国連が政府以外の民間団体との協力関係を定めた国連憲章第71条の中で明文化されてから、次第に使われるようになったが、今日では、経済社会理事会との協議資格やその他の国連機関との協力関係の有無に関係なく、開発問題、人権問題、環境問題、平和問題など地球的規模の諸問題に、「非政府」かつ「非営利」の立場からその解決に取り組む市民主導の国際組織及び国内組織を「NGO」と総称するのが、より一般的となっている。

 また、日本では、「NPO」と「NGO」の違いが、最も頻繁に聞かれる質問の1つとも言われる。このふたつの違いは、新聞紙上、学術論文、NGO・NPO実務者の著書やさまざまなハンドブックなどに説明されてきているが、わかりやすく言えば、「非営利組織は、利益を分配しないという点を強調するのに対し、非政府組織は、政府から独立しているという点を強調するが、これらは多くの場合、同じ実態を言い表す別の表現」と日本NPO学会の常任理事を務める大阪大学の山内直人氏は述べている(1999)。さりながら、NGOは開発協力など国際的な活動を行う団体、NPOは地域社会で福祉活動などを行う国内団体という意味で使われている傾向にあるようだ(JANIC 2002)。

 これらの他にも、非営利・非政府組織を表すのに、ボランタリー組織、サード・セクター・オーガニゼーション、民間ボランタリー組織、市民社会組織などさまざまな表現も使われている。どの用語もきちんと確立した定義があるとは思えないし、また国によって、使われ方がまちまちなので、国際的な会合などの際に定義が必要になることは少なくない。

 イギリスでは、日本の非営利セクターに相当するのは、ボランタリー・セクターと呼ばれている。イギリスのチャリティ法に拠りチャリティ団体として、イングランドとウェールズにおいて登録されているのは2002年3月末時点で161,333団体(スコットランドと北アイルランドはそれぞれ法律が異なる)、それにチャリティではないボランタリー組織や多種のクラブなどを加えると、イギリス全体でボランタリー組織の総数は40万団体にも上ると言われている。その構成組織の構造、活動範囲、法的立場、有給スタッフとボランティアとの割合、財源など、多種多様である。これは、日本の非営利セクターにも共通することである。英国ボランタリー組織全国協議会(NCVO)のスチュワート・エリクソン氏のことばを借りれば、「このような多様性のため、英国ボランタリーセクターに定義を持たせることは困難であり、それは『常に変わりつづける目標と、カメレオンのごときすぐ変化する内部構造』と描写される英国企業セクターより遥かにその定義がむずかしいと言ってよい。」そうだ (英国のNPO:JCIE 1997)。その中に、ソーシャル・サービス、文化・レクリエーション、教育・研究、開発・住宅、健康増進、環境、アドボカシー、国際活動、ボランタリズムとフィランソロピー活動などがカバーされている。前出の山内教授も「多様性こそ、非営利セクターを特徴づける重要な要素である。」と述べている。

 イギリスでは、日本と同じように、NGOと言った時に、国際協力活動を行う団体を指す場合が多いらしい。文献などでは、国際開発団体(人道支援活動も含む)などと但し書きをつけているものも多く見受けられる。なお、労働党によって1997年に改名され強化されたDFID(英国国際開発省)では、市民社会組織ということばを使うことが多いが、これは、NGOだけでなく労働組合などその他の非営利団体を加えているので、かなり広範囲な非営利団体をカバーするために使われているようだ。

2004年4月18日 (日)

NGOの多様性 (杉原 ひろみ)

(前回のコラム「ドナーの事情と農村開発プロジェクト支援」)

最近、一般的なNGOについての議論は聞かれるようになったが、等身大のNGOの姿から語られているように思えない。今の日本のNGOに関する議論で必要なのは(1)NGOの多様性の理解、(2)NGOは国際協力における主要かつ重要なプレーヤーであることの認識、の2点ではないだろうか。そこで、当ウェブサイトで他の執筆者が多数寄稿してくれたコラムを元に、NGOの多様性についてまとめる。

 私も含め、人間はとかく得体の知れない人や組織に出会うと、既存の硬直したカテゴリーでくくることで、ひとまずほっとすることが多い。しかし既存のカテゴリーに収まり切らないのがNGOである。NGOの多様性を示すものとして、「人」と「場所」の移動がある。

●人の移動の多様性
 
 現在、日本は雇用システムや形態が変わりつつあるとは言え、ひとつの組織に長期間勤務するのが慣例で、NGO←→政府系・国際機関、NGO←→民間企業、NGO←→アカデミック、など自分のキャリア形成に応じて組織間の移動を自由に行える社会環境が整備されていない。

 しかし国際協力の現場では、人は組織や場所を超え、仕事とキャリアを求めて移動している。例えば松尾氏コラム「原色でNGOを見て」によれば、BRACの若手スタッフの中には、開発分野でキャリアを積むためのエントリーポイントとしてBRACで働いている。実際、上岡氏コラム「ペルーで考え、急遽心はバングラディッシュへ」を読むと、BRACで培ったスキルとキャリアを売りにアメリカの教育系NGO「World Learning」に転職したバングラデシュ人もいる。また、廣光氏コラム「NGO『Forest Trends』 設立の経緯」によれば、世界銀行やUSAID、米国系財団に勤務していた者が環境系NGO「Forest Trends」を設立している。開発途上国の現場では、杉原コラム「南から見た北のNGO」でも触れているが、北のNGOの途上国事務所に勤務していた女性が、開発援助機関に転職するケースもある。さらに、マイケル・エドワーズ(彼の著書"Future Positive" の邦訳は、現在、仲間と翻訳出版を手がけており、2004年11月日本評論社より刊行予定)のように、OXFAMやSave the Children UKに勤めた後、世界銀行を経てフォード財団に移った者もいれば、国際NGOのTransparency Internationalの創設者の一人、Frank Vogleも世界銀行職員であった。

 こうした例だけでもわかるように、人は「南のNGOから北のNGOへ」「開発援助機関から北のNGOへ」「南にある北のNGOから開発援助機関へ」と移動しており、「この人はNGOの人」「あの人は援助する側の人」といったカテゴリーで人をくくることは出来ない。

●場所の移動の多様性

 NGOは、人だけでなく場所の移動も行っている。例えば、黒田氏コラム「アクションエイド(ActionAid)」によれば、英国NGOアクションエイドは北の国のNGOをやめようと、本部を英国から南アフリカ共和国に移すという計画が近い将来実現するらしい。また、杉原コラム「クミ・ナイドゥの講演の意義(1)-世界銀行における「市民社会」の位置付け-」にあるが、世界110カ国、600を超えるネットワークと団体が会員となり、世界規模の市民社会と参加型民主主義を強化するために活動しているCIVICUSの場合、かつて本拠地がワシントンDCであったが、安価なオフィス賃貸料と安い給与でも優秀な人材が集まる(物価が安い)こと等を理由に、南アに本拠地を移している。

 さらに開発途上国で生まれたNGOが力をつけ、自国で経験した活動を他の開発途上国で生かし、活動を展開することもある。下澤氏コラム「北のNGOと南のNGOのあいまいな境界線」によると、前述のバングラデシュのNGO・BRACは、活動の場をバングラデシュだけでなくアフガニスタンに広げている。

 資金面の事情からオフィスを多数設ける場合もある。例えば、ある米国の緊急援助関連NGOは事務所をワシントンDCだけでなくブリュッセルにも設けている。その理由として、(1)米国だけでなくEU、ヨーロッパ各政府から資金協力を得ており、「特定の国・地域に属するNGOへの支援」と言ったドナー側の条件を満たすため、(2)税法上の問題、を挙げている。

 こうしたNGOにおける場所の移動の多様性を見ても、NGOを「国」や「北か南か」といったカテゴリーでくくることは出来なくなっている。

 以上、NGOの多様性を示す具体例として、「人の移動」「場所の移動」を挙げたが、これはNGOの特徴である機動力のよさの結果とも言える。こうしたNGOの多様性を理解し、発想の転換をはかって柔軟なものの見方、考え方を国際協力に関わるすべてのアクターが行う必要があるのではないだろうか。

その他関連コラム:
・ 杉原ひろみ「NGOが果たす役割は残されているか-ウェブサイトコラム『地球に乾杯!NGO』から見えてくることー」(国際開発ジャーナル2003年7月号)
・ 杉原ひろみ「グローバル社会におけるNGOの役割-開発援助問題から発展して‐」(ワシントン日本商工会会報2003年4月号、No.353)

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